大空の下で 〜my diary〜

モンタナの小さな街から送る、留学日記

「自分のやりたいことがなかなか見つからない。」という人がいる。
それに対して、最近いくつかの方面から、興味深い答えを耳にした。

「それは、人に言われなくても既にあなたが始めていることなんだよ。」って。

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なるほど、的を得た答えだと思った。自分が無意識のうちに始めてしまっていること、毎日何気なく続けているほんの些細なことに、「自分が一番やりたいこと」は隠されているらしい。

最近、いつもにも増してとても嬉しいことがあった。

実は、近々大学内にピースクラブ(正式名称は“Students for a Just Society”)を立ち上げるために、ささやかながらお手伝いをさせてもらっている。いわゆる平和活動なんかを推進していこうという趣旨の団体なのだけれど、まずは興味のある学生たちに集まってもらって話をしようということになり、第1回目のミーティングを開いたところ、なかなか手ごたえがあった。
呼びかけも直前でままらなかったにもかかわらず、全生徒数が1400人くらいの小規模な大学に、20名程度が集まってくれた。

事の発端は、私が今住んでいる街で活動をしている平和活動団体との関わりだったのだけれども、そのメンバーから、自分たちのコミュニティに存在している大学にピースクラブを立ち上げたいという思いを聞き、それならばお昼休みにカフェテリアの近くにテーブルを設けるくらいならお手伝いできるよ、ということで動き始めたことだった。

テーブルを設置してフライヤーやグッズなんかを学生たちの目につくように置いていると、興味津々に足を止めて覗いてくれる学生たちもたくさんいて、みんな楽しく会話をしながらサインアップシートに名前と連絡先を書いてくれた。

そこまでは、お手伝いのつもりで単純に1人でちょこちょこ動いていたのだけれど、そこからが思わぬ話の展開に。「ピースクラブをどうやって立ち上げようか、どう思う、さやか?」と聞かれ、そこまで詳しく考えていなかったので正直困ってしまった。う〜ん、どこまでも手伝いたい気持ちは山々なのだけれど、そればっかりに没頭できないし・・・。

アメリカ人(ひとまとめに呼ぶのは気がひけるけど)のウルトラポジティブな精神、さすが。
参りました。 笑

ということで、彼らの気持ちには応えたいのだけれど困ったなぁと思っていたところ、テーブルを設けた際に訪れてくれた学生で非常に興味を示してくれた男子学生がいたとのこと。名前を聞いてみると、彼は大学内の環境活動クラブで既に出会っていた友だちだった。

それから。授業の合間を縫って、友だちのサポートという形でいつの間にか微力ながら動いている自分がいた。様々な思いがけない出会いに恵まれながら、クラブ設立の準備が少しずつ進んだ。

う〜ん・・・。何だか私、どこにいても結局同じようなことをしているんだな・・・。

始めは地域の団体と学生たちをつなげることのお手伝いだけでもと思い始めたことが、こんなふうに発展していくことになろうとは、思ってもいなかった。

そんなこんなで、ついに今週末、学生議会に設立案を提出という所まで来た。
いよいよだ、わくわく。

やっぱり私、こういう風に活動することが基本的に好きなんだなぁ。
「今の社会は何だか居心地が悪いから、何か自分にできないかな。」って思っている人たちと出会い、色々と企む、もとい(笑)、企画することに非常にわくわくさせられるらしい。

それでも、イベントの企画等でこれまでに数え切れないほどの失敗をしてきた。だから、もう二度と同じことは繰り返したくない。ピースフルなことをしようとしているのに、周りの人に迷惑をかけてしまうような本末転倒なことはしない。そう自分に言い聞かせている。

第1回目のミーティングに集まってくれた学生たちとの出会いは本当に楽しかった。
みんなそれぞれの視点から、クラブとして出来ることをたくさん提案してくれた。

これからますます、面白くなりそうだなぁ。

おっと、こんなに長い記事になってしまいました。最後まで読んで下さった方、本当にありがとうございます。今後もまたぼちぼちご報告させていただきたいなと思っています。

わくわくするようなグループから、わくわくするような小さなコミュニティへ。
わくわくするような小さなコミュニティから、わくわくするような大きなコミュニティへ。
(さて、今日は何回“わくわく”と言ったでしょうか?

素敵な輪が、これからも少しずつ広がっていきますように。
シェアリング、しませんか?

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色んな方のブログなどで紹介されているお話なので、すでにご存知の方も多いかとは思いますが、もしまだ読まれていない方がいらっしゃいましたら、ぜひ読まれてみてくださいね。

私も、気付いたら涙がボロボロと、止まらなくなっていました。

↓↓↓
読んだ人の9割が涙した話!
「人生のどんな問題も解決する知恵『鏡の法則』」


“許す”もしくは“赦す”ということは、非常に深い愛に包まれた行為だなぁと思うことがあります。

私もまだまだ、まだまだ。これからです。

このお話をMixi日記で教えていただいたSilverRingさん、本当にありがとうございました。
ブログでこのお話を紹介していた米国インディアナ州に留学中の篠田くんを見習って、
私もこの場で紹介させていただきます。

素敵なことは、どんどんシェアしていけるといいですね。

・・・光を。 
“ねぇねぇ、社会って、上手く出来てると思わない?”

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苦手なことも得意なことも、みんなそれぞれあるのだろうけど

それって素敵なこと


だってね


自分に欠けているものがあれば

他の誰かに補ってもらい

自分が持っているものがあれば

他の誰かにおすそ分けをする


ただそれだけ


君がもし寂しさを感じるようなら

それは神様からの贈り物

独りでいるときの寂しさはきっと

君と、君の大切な誰かを出会わせるために仕掛けられたおまじないなんだよ


「それは生き物が互いに必要とし合うためのエッセンス」


欠乏はひとが独りではないことを教え

寂しさはひとを互いに引き寄せてくれる


不要なものなんて何一つない

全ては大きな流れの中でゆっくりと動いていたんだね

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追記:写真は、昨年冬に屋久島で撮影したものです。車での移動中に野生のお猿さんと遭遇。
    「屋久猿」って言うのかな、凛々しくてかっこいい顔つきですね。
左の写真と見比べてみてください。さて、違いはいくつ見つかるかな?

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・・・と、アングルもカメラを構えた場所も微妙に違うので間違い探しゲームにはなりませんが、
現在のキャンパス内から見える景色はこんな感じです。

左の写真は昨年夏のもの。夏も冬も、春も秋も、それぞれにそれぞれの良さがあって楽しいですね。景色を眺めて、新鮮な空気を吸い込んで、それだけで本当に満たされた気持ちになります。

さて、話はがらっと変わりますが、先日の記事に関して。
私の極めて主観的な内容の記事に対して、3人の方からコメントをいただきました。
続きを読む
こんにちは!マイペースに記事を更新中のsayakaです。
先日の記事に3人の方から色々とコメントをいただき、とてもうれしかったです。
ありがとうございました

先週から後期の授業が始まり、予習・復習に論文にと、図書館通いの日々を送っています。
頂いたコメントに関しては明日必ず記事にお返事を書かせて頂こうと思っています。
これから、更新は週末が主になるかもしれません。
今日は地元・熊本での興味深いイベントについて、お知らせ+αのみさせてください。

日本時間では明日21日に開催されるイベントです。
私も地元にいたらきっと参加していると思います。

以下、熊本の非営利イベントに関するメーリングリストからの文を転載します。

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拒否できない日本 アメリカの日本改造が進んでいる
いま明らかにされる衝撃の事実
-米国政府『年次改革要望書』という穏微なメカニズム-

 2005年の郵政民営化、外資による日本企業買収を促進する
新会社法、そして司法制度改革や医療制度改革。今、日本では様
々な分野で半世紀ぶり、つまり米国による占領時代以来とも言え
る大規模な「構造改革」が次々と推し進められています。
 これらは一見、日本の国内問題に見えますが、実はすべて、米
国政府から要求されて、何年も前から日本政府が進めてきたこと
なのです。これは在日米国大使館のホームページですべて公表さ
れている事実なのですが、日本のマスメディアはなぜか、国民に
伝えていません。その実態と背景をくわしくご紹介します。

講 師 ノンフィクション作家 関岡 英之 氏
 1961年、東京生まれ。東京銀行(現・東京三菱銀)に入り、
北京駐在などを経ての経験を積んだが97年に退職、99年早稲
田大大学院理工学研究科に入学、建築学を学ぶ。アジア諸国、イ
スラム圏を回った体験をまとめた旅行記「なんじ自身のために泣
け」(河出書房新社)が、2002年の第7回蓮如賞(本願寺維
持財団主催)を受賞。それを機に文筆の世界に転じる。
 2004年、今回の講演のタイトルと同名の「拒否できない日
本-アメリカの日本改造が進んでいる」(文春新書)を上梓。近
年の日米関係のこの不可解なメカニズムのルーツを探り、様々な
分野で日本がアメリカに都合のいい社会に変えられて来た経緯を、
アメリカの公文書に則して明快平易に描き、話題となる。

日時:2006年1月21日(土)17時-19時
会場:くまもと県民交流館パレア 会議室1(鶴屋東館9F)
   熊本市手取本町8番9号 電話069-355-4300
入場無料(どなたでもご参加いただけます。お誘いあわせてお越しください)

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amazonで検索したら、講師の方の本を見つけました。

『拒否できない日本 アメリカの日本改造が進んでいる』

拒否できない日本 アメリカの日本改造が進んでいる

アメリカと日本の関係には色々と考えさせられることが多いのですが、先日の記事のコメントで寝太郎さんがおっしゃっていたように、国の予算の“大体半分を「防衛費」に使っている”アメリカを米国債を買って80年以降ずっと支え続けているのはまさに日本なんですよね。

財政赤字大国アメリカは、日本からの巨額の資金がなければ戦争は出来ないのではないかという話は様々なところから耳にする話です。

日本でごく普通に生活をすることが、一体どのように遠い国での戦争や環境破壊につながっていて、またどうすればその悪循環から抜け出し、持続可能な社会を作っていくことが出来るのか。
そのことについて有り難いほど非常に分かりやすく書かれているのが田中優さんの本です。

『戦争をやめさせ環境破壊をくいとめる新しい社会のつくり方―エコとピースのオルタナティブ』

戦争をやめさせ環境破壊をくいとめる新しい社会のつくり方―エコとピースのオルタナティブ

米国債の38%を買う日本。いつまでも「平和ボケ」では済まされません。
ちゃんと現実を知って、考えて、出来ることから動かなければ。

熊本にいらっしゃる方で、お時間の許される方はぜひ足を運ばれてみてはいかがでしょうか?
お話を聞かれた感想など、後で教えていただければ幸いです。

さてさて、そろそろ行かなくては。
明日は「1945年以降の現代ヨーロッパ社会・文化・政治」という政治学の授業で
ディスカッションがあります。お題は、1945年終戦から冷戦開始までのヨーロッパ。
冷戦を始めたのは果たしてアメリカかソビエトか、その真意はなど、おもしろくなりそうです。

日本時間だと今は早朝ですね!みなさま、今日も素敵な一日をお過ごしくださいませ
それではまた明日!
「大学に行って勉強したいから、高校を卒業したらまず軍隊に入って学費を稼ぐ」
そんな話は、アメリカで生活をする人びとにとってはよく耳にすることだと思う。

かつて“一億層中流社会”と呼ばれた日本では、想像が難しいことかもしれない。
日本だとむしろ、親が子どもの学費を当たり前のように払っていることが多いだろう。

「暗いニュースリンク」に、興味深い記事が載せられていた。

アメリカの大学生活・・・借金だらけ!?

確かに、記事の後半で言及されているように、親が学費を援助できない家庭の子どもたちにとっては、軍隊への入隊は魅力的に映るのだと思う。軍隊で数年の兵役(選択が可能)をこなすことで、

1、高いローンを背負わなくていい
2、何らかの技術を身につけることが出来て就職に生かせる
  (実際はどうであれ、そんな風に言い聞かされるそうです。)
3、生まれ育った街を抜け出して新しい世界が見れる
  (入隊の理由にそんなことを語ってくれた人がいました。)

例えば上記のようなメリットがあると思ってしまうのだそう。
でももちろん、実際はそんなに甘くない。

イラク戦争開始の前に入隊して、まさか実際に戦地に送り込まれるとは思っていなかったという兵士がたくさんいる。イラク行きを好んで受け入れた人もいれば、中には拒めずに送られた人もいる。

身体へのリスクは、戦地ではもちろんのこと、国内での訓練であっても病院通いを一生
続けなくてはならないほどの重傷を負うケースが多い。
ただでさえ就職困難な中で、傷を負った元兵士たちはさらに職の機会を失っている。

「勉強がしたい」「親に負担をかけられない」

高校を卒業したほどのわずか18歳の青年たちがその思いだけのために選択した行く先が、
ふたを開けてみれば実は戦場だったら。
悲しいことだけれど、これはごく普通に起こっている現実だ。

そして国内では頻繁に、軍隊への入隊を促す新兵募集の話をする人びとが各高校を回っている。軍隊で働くことの素晴らしさを、彼らは高校生たちに毎回訴えかけているのだ。

イラク戦争での死者は、イラク人が少なくとも10万人以上、アメリカ兵は2000人以上。
数字を目にしたって一人一人の顔が見えるわけじゃない。それでも、生前はそれぞれに
生活があって、日々を一生懸命に生きていた人たちだったということは想像に難くない。

改めて一つの問いが思い浮かぶ。

「戦争って、誰を幸せにするものですか?」

きっとそれは少なくとも、土地や建物を破壊されて家族を失ったイラクの人たちではない。
きっとそれは少なくとも、大学教育を受けたかったのに傷を負ってしまった青年たちでもない。

やっぱりこのシステム、どこかおかしいよね。

教育や福祉ではなく、圧倒的に軍事に予算をつぎ込む国の内側は
思わず目を覆いたくなるほどボロボロだ。

だけど人びとと接すれば、何かが見えてくる。決して絶望的ではない。
そう、これからもっと、素敵な世界になっていくんだ。

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青く澄んだ空を見上げた

ただそれだけで

満たされた気持ちになれるのは、本当に幸せなこと

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「お空のアオがいちばん好き」

そしてあなたが隣にいて、共に幸せだねって感じあえたら

どんなに素敵なことだろう

今日もいい風が吹いているよ

さあ、そろそろ一緒に出かけようか
オンラインニュースより。
昨年末から報じられているので、きっと皆さんも見かけられたかとは思いますが・・・。

●毎日新聞 米盗聴問題:米司法長官、上院司法委公聴会で証言の意向

記事によると、「ブッシュ大統領は新たな脅威から国民を守る手段として(盗聴・傍受は)
必要であり、適切だと考えている」そう。

“新たな脅威”ってなんのこと?
ダントツ世界一の軍事大国ほどの脅威はないんじゃないのってツッコミを入れたくなる。

それに関して、国民の世論調査が行われたそうで。

●CNN 米政権の盗聴活動に世論真っ二つ 世論調査

調査対象となった有権者の50%は令状なしの盗聴に対して「正しい」と答えたと。

言葉通りの「民主主義国家」はここにはないんだね。
ここにあるのは、極めて上手にコントロールされた国。

自分の国が民主主義じゃないのに、他の国にデモクラシーを築こうとするなんて、甚だおかしい。
CNNの世論調査の数字も事実かどうか怪しいけれど。

このブログも傍受されてるかしら。
勘弁してくださいな。
日本からは飛行機で海の上を10時間以上かけて移動したところにいるけれど、
今はインターネットってものがあるから、知りたい情報はそこに居ずとも手に入る。

自分の興味関心に沿って多数のメールマガジンの登録も出来れば、オンラインで新聞も読めてしまう時代。そんなこんなで、ここに来る前に没頭していたいわゆる非営利活動組織やイベント情報についても、当然ながら逐次知ることが出来るわけなんです。

今日は、ずっと気になっていたある話題を一つ。

昨年夏あたりから日本では販売が始まり、その後様々な話題を呼んだ「ホワイトバンド」。
世界の貧困撲滅を目標に世界で、そして日本で始められたキャンペーンでした。

以下、“ほっとけない世界のまずしさキャンペーン”のサイトから抜粋。

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ホワイトバンドに込められた意味は、「世界のまずしさは克服することができる。この世界にはそのための資源や情報がすでにある。必要なのは『貧困を世界の優先課題にする』という意志をもつこと」です。ですから、G-CAP(ジー・キャップ:Global Call to Action Against Povertyの略)は、2005年に世界中の多くの人たちがホワイトバンドをつけてその意志を世界に示すことで、貧困問題の解消に積極的に取り組むように各国政府や国際機関に訴える大規模なキャンペーンを展開しています。

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さて、このキャンペーンに対して、「世界の貧困撲滅のために投資した(ホワイトバンドを購入した)と思っていたのに、資金の多くは広告や活動家たちの活動資金に費やされたなんて」と批難する方々が日本に結構いらっしゃったそうなんですね。

うーん、確かに、ウェブサイトの「会計報告」を覗いてみれば、いわゆるアドボカシー活動(政策提言、啓発活動)に使われた金額は大きいですよね。

だけれど、時間とお金とエネルギーを費やしてでも活動してくれる人がいないと、「世界の貧困はこんなにひどくなってるよー!みんなでどうにかして解決しようよー!」ってまずは呼びかけることすら出来ないわけです。

私は、そうやってまずは「どうにかしなくちゃ。」って、動いてくれて色んな情報を教えてくれた方々や活動団体に感謝したいなと思っています。

現在の非営利活動組織(NPOやNGOと呼ばれるもの)は、“持続可能な社会をつくろう!”と声高に叫んでも、残念ながらそのマネジメントが持続可能な形態になっていないこともしばしば。
多くの組織ではボランティア、いわゆる無償で奉仕をしてくれる人びとの手を借りないと経営を成り立たせるのは難しいし、正式な職員の方でも、仕事の量が多く質が濃いために労働時間外でも働かれる方が多いというのが現状だろうと思います。

たとえどんなに素晴らしい理念を掲げていたとしても、現実は本当に厳しいなというのが、これまでに見聞きしたことや自分の体験からの率直な感想です。

しかしながら、この先はそんなに暗い話だけではないと思っています。時代は確実に動いているし、こうした活動を続ける人々にとってのよい風も吹いているのではないかと。

今日は、まだまだ思考途中のトピックを取り上げてみました。漠然としていて、もしかしたら分かりにくいかもしれません。また、勉強不足の私が書いた記事なので間違いや解説不足も多々あるかと思います。

もしこのトピックについて考えをお持ちの方がいらっしゃいましたら、コメント欄にでも残していただけると有り難いです。参考にさせていただきます。

「ほっとけない」キャンペーン、日本の有名人の方々も多数、広告に参加されているみたいですね。
バナーをクリック

マイノリティがいつの日か、メインストリームに移り変わる時。
それを形づくる芽は、きっと世界規模で確実に成長している・・・。

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昨年11月末にニューヨークの街角で見かけたこのポスター、何だかすごく好きだったんだよね。
なぜか黒髪に青い目になっちゃってるけど。

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日本でも多くの人が既に鑑賞したであろう、映画「Memoirs of a Geisha」の大きなポスター。
日本では「さゆり」という言葉でおなじみかも知れませんね。
昨年12月の始めに、日本とアメリカ同時上映開始だったらしいけれど・・・。

見逃してしまいました!!(>_<) うっうっうっ・・・。

本当は、観たかったんですよね。でも、うっかり上映期間をチェックするのを忘れてしまっていて、私が今住んでいる街での上映は、つい先ほど終わってしまいました。
最後の上映は、夜10時半。その15分ほど前に知って、慌てて観たいねと話していた友だちに電話をかけた(夜遅くに迷惑ながら)けれどつながらない。一人で歩いて観にいこうかと思ったけれど、旅行者ではなく交換留学生という身、いくら治安の良い街だからと言って、夜一人で出歩くのは何かあったら私だけではなく周りの人にも迷惑をかけるし、ということで、あきらめました。
映画館の大きなスクリーンではないけれど、DVD化されたら観ます。 笑 

どこまでマイペースな私なのだろう・・・。
流行には、いつもついていけません。「ラストサムライ」も、この前偶然テレビで初めて見ました。

ともあれ、何やらこの映画、様々な意見が飛び交っているみたいですね。日本での物語なのに、主演として選ばれた女優さんが日本の方ではなく中国の方だったそうで。私もいつも拝見しているBambinaさんの素敵なブログの記事から知ったことだったのですが、ちょっと残念だなと思いました。

Bambinaさんのブログの記事(上から4つ目)
(勝手にリンクすみません!)

私が通う大学のコミュニケーション学の教授で、地元紙に毎週映画のレビューを載せている方がいらっしゃるのですが、その方も「この映画は日本人の女優を主演にして英語の字幕をつけるべきだった」と書かれていました。なるほど納得。

スクリーンの中のZiyi Zhang(チャン ツィイー)さんはさぞかし美しかろうけど、日本で活躍する女優さんが着物で着飾って立ち振る舞いをし、日本語を話したら、私はこの映画をもっと観たくなっただろうなと思いました。映画をろくに知らない私がどうこう言うのは本当は気がひけるのですが。

ポスターの絵はなんて“切ない”目をしているのだろう。
英語のheartbreakingって言葉じゃ足らない、まさに“切ない”って言い表したくなるような表情だ。
共感というものは常々、大きなインパクトを与えてくれるものだなぁ。

そうそう、日本で既にこの映画を観られた方は、ラストはしばし秘密にしててくださいね〜! 笑
遅ればせながら、みなさま、新年明けましておめでとうございます

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今年は、初めての年越し蕎麦とお雑煮のないお正月でした。
街を少し歩いてみると、クリスマスの名残りのようなイルミネーションがちょっと残っているだけ。
お節を食べて、お宮参りに行って・・・と、恒例行事が尽きない日本とはやっぱり違うのですね。

いつもはかけない国際電話を、大晦日くらいはかけてみようかなと、
日本で一人暮らしている母に電話をかけてみました。

母 「さやちゃん!?元気しとるとね?」

私 「うん、元気だよ〜。」

(中略)

母 「さっき年越し蕎麦食べたよ!」

私 「いいなぁ・・・。私も食べたい・・・。おばあちゃん家で食べたと?」

母 「ううん。一人で作って食べたたい。」

私 「一人で!?おばあちゃん家には行かんかったと?」

母 「だって・・・(何やらかんやら)・・・もう疲れとったけんね、一人で作って食べたよ。」

私 「え〜〜〜!そんな、寂しくなかったと?」

そんなやり取りが続きました。
祖父母の家からそれほど遠くはない場所に住んでいる母と私は、日頃からよく母の弟夫婦と
同居している祖父母の家を訪ね、とりわけ年末年始やお盆には決まって訪ねたものでした。

長年二人ぼっちでやってきた家族の一人がどこか遠くに行ったら、残された家族は一人ぼっち
になる。当たり前の方程式なのだけど、この日改めてそんなことを感じたんですね。

近くに居れば色々と反抗を繰り返してきた私も、遠くに居れば案外気持ちを伝えられるものだなぁ
と思いつつ、「いつも有り難うね。」と思いを言葉にして伝えたのでした。

アメリカ人の友だちはよく、家族との電話を切る際に “ I love you, mom. Bye.”
(お母さん、大好きよ。またね。)などとさらっと見事に告げるのですが、何だか素敵だなぁと、
いつも見とれてしまいます。もちろん、人にはよるのですが・・・。

家族は、多くの人にとっては生まれて初めて出会う、いちばん小さな社会。
その長年所属してきた社会の中でも、これからやるべきことは多いなと、
最後の最後に改めて思い知らされた2005年の終わりでした。

私は・・・こちらでの大切な友だちと一緒に静かに年を越したのですが、珍しく外食をということになり出かけてみると、どこのお店も満員。年末が近づくと、餅つきだ、年越し蕎麦だ、お節やお雑煮だと、いつもにも増して忙しく動き回る祖母の姿が思い浮かびました。

人は一人で生きているわけじゃないって、ホントだなぁ。
足を骨折して初めてそれまで機能してくれていた足の有り難さが分かるのではなく、
それ以前からちゃんと気付くことが出来る人になりたいと思います。

2006年の抱負その一、ということで。
長くなってしまいましたが、ここまで読んでいただいた方、有り難うございました。
まだまだ未熟者ですが、どうぞ今年もよろしくお願いいたします。

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追記:写真は、モンタナ州の某所からのものです。(名前を忘れてしまいました。)
   アメリカの面積は日本のそれと比べると25倍と言われますが、いやぁ、やっぱり広いですね。