大空の下で 〜my diary〜

モンタナの小さな街から送る、留学日記

〜in peace〜

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キャンパスを歩いていると、何やら視線を感じて・・・。

それもそのはず、シカさんたちが日向ぼっこをしている近くを私が歩いていたのでした。
後ろを振り返ってみると、じーっとこっちを見ているシカさん。

「何にもしないよ〜」と心の中でつぶやきながら、写真だけパシャリと撮らせていただきました。

あぁ、今年も色んなことがあったなぁ。
時が経つのはとてもはやかったけれど、何だかぎゅっと詰まっていたなぁ。
失敗もいっぱいしたし、後悔したこともあった。
だけれど、それ以上に素晴らしい人たちやもの、情報との出会いがあった。

あぁ、私、“生きて”るんだ。

先日、大好きな友だちがこんなことを教えてくれた。
「体はご先祖様からのもの、魂は過去世から続いているものだよね〜」って。
その考え方が、今の私にすごくしっくりくる。

“私”がここにいるのは、きっと奇跡でもあるし、それと同時に必然でもあるのだろう。
矛盾しているようで、実は同じこと。そして、とってもシンプル。
やっぱり社会って、世界って、宇宙って、本当によく出来てる。

何だか、わくわくしてきた。
2006年には、何が待っているのだろう。

流れに身を、まかせて。

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ブログを初めて4ヶ月以上が経ちましたが、この場を通して知り合うことが出来た方々、そして私が元々お世話になっていてご覧いただいている方々、いつも本当にありがとうございます。
今年もあと残りわずかですが、みなさまどうかよいお年をお迎えくださいませ。

“あなた”に、素敵な奇跡たちが降りそそぎますように・・・
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「一期一会」


思いもかけない人と出会い

思いもかけない人の手を握り

一期一会の喜びと

一期一会の悲しみをする

時には人ではなく

木であったり

石であったりもする

そして時には人よりも

木や石の方が

もの言わぬだけに

無限の感動を覚え

涙のにじむことがある

無常といい

永遠といい

命のやりとりのせつない尊さよ


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多くの人に愛され続けている詩人・坂村真民さんの詩集「念ずれば花ひらく」より、
私の大好きな詩の一つを掲載させていただきました。

高校生の頃、たまたま立ち寄った地元の本屋さんでこの本を見つけて以来、
私はたちまち坂村さんのファンになったものでした。

心が空っぽになりそうな時にはいつも開いては何度も読み返した、大切な大切な一冊の詩集。

詩集 念ずれば花ひらく

詩集 念ずれば花ひらく

明治42年、熊本県生まれの坂村真民さん。
ご家族が作成されたと思われるホームページに、ご紹介が載せられていました。

あったかくて、深くて、何とも大きな愛に包まれたような感覚を与えてくれる、
きらきらと輝く言葉たち。

命に息を吹き込むかのような詩たちに出会えたことが本当に幸せだなと思う今日この頃です。

あぁ、有り難や。
夜の遊園地に迷い込んだかと、思うほど。

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日本でも人々がクリスマスを特別な日として捉えるようになって久しいので、クリスマスツリーや
サンタクロース、トナカイなんていうのは小さい頃から慣れ親しんできたのだけど、家々を飾る
イルミネーションの多さにはびっくりしました。

小さい写真だけど、見えるかな。

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またはこんなのも。

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このお家は、数年前にお孫さんを交通事故で亡くされてから、こんな風に庭を飾るようになったそうです。ディズニーのキャラクターもたくさん並んでいました。

ここ数日は、“Merry Christmas!”や、“Happy Holidays!”という挨拶をよく聞きました。
前者はそのまま「メリークリスマス!」、すなわちイエス・キリストの誕生を祝う意味を含むけれど、後者は「素敵な年末年始を!」ということで、キリスト教以外の宗教を信仰している人々を配慮して使うこともあるとか。

このシーズン、色んな人から「日本でもクリスマスって祝うの?」と何度か尋ねられました。
「うん、祝う人はたくさんいるよ。商業的な要素もかなり大きいけどね。小さい頃は、毎年クリスマスツリーを飾ったし、サンタさんも家に来たよ 笑」と答えると、どの人も興味深げな顔をしていました。

日本に住んでいれば、テレビをつけても新聞を読んでもアメリカのことはこれでもかというほど情報は流れているからアメリカのイメージを掴むのは難しいことではないけれど、アメリカに住んでいる彼らにとっては日本はまだまだ未知の世界なのだろうなぁ・・・と感じることがたまにあります。

私が日本から来ていると分かると、「お寿司は私も大好物よ!」って嬉しそうに私に伝えてくれる人も多いのだけれど、彼らが食べたことのあるお寿司ってきっと日本にあるそれとは大分異なることもあるからなぁと思うと、何だか微妙な気持ちになってしまうこともしばしば。

“日本人=お寿司が好きな人”というイメージはかなり根付いているらしいのですが、それ以外に日本に関して知っている人はかなりの日本文化好きな人のような気がします。

スーパーで売られている手巻き寿司は時々、海苔で巻かれておらずにゴマが撒かれているだけ、緑茶には甘味料が加えられて渋味は無くなっていたりと、アメリカンテイストに変身。

きっと、「それって素敵なアイデアね」って思った人たちが、自分たちの好みや都合に合わせて取り入れていったものが、ある土地ではクリスマスで、またある土地ではお寿司だったのでしょう。

日本ではクリスマスというと恋人たちの季節のような印象がありますが、ここだとむしろ、家族が集まって大切な時間を過ごすのための季節として捉えられているように感じるのは気のせいかな。

ともあれ、ここでたくさんの人が家族との再会のときを幸せそうに迎えているのを目にするのは、
とっても嬉しいことでした。私も一緒にわくわく。

2005年も残りわずかになりましたね。
みなさまも、どうかよいお年をお迎えくださいませ〜 (^−^)/

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「おかみ」と名の付けられた手巻き寿司でした。
髪を、切った。

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ここへ来る一ヶ月ほど前に髪を切って以来だから、およそ半年ぶりに髪を揃えた。

20センチ以上切ってもまだ肩に髪がかかるくらいだから、相当伸びちゃっていたんだなぁ。
面倒くさがりの私は、髪型をアレンジするのも下手で、そのままにしてしまっていた。

不思議なもので、「そろそろ髪を切る時期かなぁ」ってふと思いついたときって、
いつも何かしらの節目にあることが多い。本人も無意識のうちに。

今回もそうだった。
近い未来に、覚悟しなきゃいけないあることが私を待っている。

その日がいつかも分かっている。だけど、そこに向かわなければいけない。
これが、私の生き方である以上は。

潔く、目をそらさずに。

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追記:写真はネバダ州を走るバスの車窓からのもの。広い荒原と青い空に見とれた瞬間でした。
色んな人生が、あるんだなって。

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率直な感想を述べると、そんな感じ。

実は先週末から数日間、モンタナを離れていました。
更新が遅れることをお伝えする余裕もなく出かけてしまい、失礼いたしました・・・。(>_<)

そして、今回訪れたのはなんと、「ラスベガス」。
ご想像されたとおり、ギャンブルで名の高い都市、ベガスです。

ギャンブルをしに・・・?いやいや・・・。

実は、友だちの家族がラスベガスに住んでいて、冬休みに家に帰るということだったので、
これもいい社会勉強になるかなと思い、一緒に出かけたのでした。

バスに揺られること、約1日。
アメリカ大陸西南、ラスベガスのあるネバダ州に向かいました。

世界で唯一ギャンブルが合法化された都市。文字通りの「眠らない都市」ベガスは、
そのきらびやかで眩しい外見の反面、なぜだか悲しい印象も受けました。

街を歩けば、何とも魅惑的な女性の写真が載ったチラシがあちらこちらに散らばっている。
そんなポスターが、ビルに、宣伝車に、色んな所に張られている。
有名人の仮装ショーを観てみれば、見事なまでに美しい体つきをしたお姉さんたちが、
ほとんど裸のような格好をしてメインの後ろでダンスをしている。

あのお姉さんたちはすっごくダンスが上手だけど、最初からこんな風に踊りたくてダンスの練習をしてきたのだろうか・・・。あぁ、またお節介なことをと思いつつ、そんなことを考えてしまいました。

「ネバダ州は砂漠で、何にもないからね。そんな中で、もともと砂漠のオアシスだったこの土地が、
ギャンブルが合法化されてからみるみる間に変容したのよ。」

泊めてもらった先の家で、この土地に長く住んでいる友だちの伯母さんにラスベガスが現在のような都市になった経緯を尋ねると、そう教えてくれました。

19世紀、隣の州カルフォルニアで金が発見されてゴールドラッシュが起こり、その中継地として人々が往来した土地。20世紀、世界大恐慌の経済危機の際に、発展した産業もなくてギャンブルを合法化することで経済の復興を期待された土地。

今では世界中で有名なラスベガスの娯楽産業は、この土地の人々が生活をするために行われた誘致政策に起源があった。でももしかしたら、苦肉の策だったのかもしれないな。

人に物語があるように、都市や街にも、それらが今日に至るまでの歴史が必ずある。

この土地に最初にやって来たカウボーイたちは、オアシスを見てどんな夢を抱いたのだろう。

人々に様々なチャンスを与える不夜城ラスベガスは、その一方で夢を失っていく人もいるのだろうなと感じさせるほどに光り輝く、それは豪華な場所として目に映った。

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「君は自分にはもったいなさすぎるよ」


私が狂うほどに愛した人たちは、例外なく一度はこの言葉を吐いた

だけど、まさかあなたまでもこの言葉を放つとは思っていなかったよ


空が、青いね。

今日もいい天気だね。


それでも今は、この空に笑顔を映すことが出来ない

その言葉が意味することが痛いほどに分かるから


彼らは私を縛ることはなかった

そして私も彼らを縛ることはなかった

ただそこにはいつも、二つの自由な魂が寄り添った空間だけがあった


鳥は飛ぶ。

どこまでも、飛んでゆく。


これはきっと、女としての性(サガ)なのだろう

私も一緒に鳥になれたらいいのにと、いったいどれほど願ったことか
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始まってしまった。

それと同時に、あるもう一つのものが終わってしまった。
これまで少しずつ、大切に大切にって、温めてきたものだったのに。

始まりと終わりって、どうしてこんなにも隣り合わせにあるのだろう。

心が躍るくらい嬉しいはずなのに、どうしてこんなに切ないのだろう。

この命が必要とする最低限のもの。
きっとそれを見極めてゆくことでしか、真の解放は得られないのだろう。
今でも覚えている。あれは確か、私が大学受験期真っただ中にいた朝。

「映画かなんか?」

テレビの映像を見て、そう思った。

「まさか実際に起こっていることじゃぁ・・・。」

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これが、かつてニューヨークで一番高い建物だった「世界貿易センタービル」の跡地。

この地が2001年の9月11日にニューヨークで起こった“アメリカ同時多発テロ事件”以来、
「グラウンド・ゼロ」と呼ばれているところ。

フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』によれば、
グラウンド・ゼロ(ground zero)とは、英語で「爆心地」を意味する。強大な爆弾、
特に核兵器である原子爆弾や水素爆弾の爆心地に使われる事が多い。”なのだそう。

そのまさに「グラウンド・ゼロ」と呼ばれる地に着く。
週末ということもあり、人がたくさん集まっていた。

見渡してみる限り、目に映るのは頑丈で大きな鉄格子。そしてその奥に、何やら建設現場のような風景。そしてしばらく人の流れに沿って歩くと、事件の経過などを示すパネルが掲げてあった。
すぐ近くには巨大なビルがいくつもそびえ立つような、大都会の中心だ。

そんな中で、何となく違和感を感じている自分がいる。
ここは、メモリアル何とかでも何でもない、いわゆる観光地の一つになっているみたいだなと。

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そして気付いた。あぁそうか、自分は無意識のうちに修学旅行で訪れた長崎や広島の原爆資料館や平和公園のイメージをなぜか抱いていたんだなぁと。もちろん、その地で起こった想像を絶する悲劇が似通っているとかではなく、知らず知らずのうちにそんな場所を思い描いていた自分がいた。

様々なパネルが、跡地を囲む鉄格子に沿って展示されている。

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十字架かと思わせるような、大きな鉄柱が見えた。きっと故意に建物の一部が残されたのだろう。跡地をずっと眺めているような雰囲気を漂わせていた。まだ何も建設がされていないこの場所で、一つの大きな十字架が人々の目を惹く。

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折り鶴の束が二つ、ぽつんと飾ってある。
この風景を見てなぜだかほっとさせられるのは、私が日本で育った人間だからだろうか。

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そしてまたしばらく歩くと、小さな人だかりが見える。何だろうと思い覗いてみると、あるアフリカ系アメリカ人の男の人が、何やら本とチラシのようなものを手に、熱く語っている。その周りには、真剣に聞き入る人たち。あぁ、あの事件の瞬間についてきっと話しているのね。彼の首には、カンパ箱とも見えるようなボトルが下げられている。

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それから、きっと最愛の人をこの地で亡くした方が置かれたのだろう、「誕生日おめでとう」などのメッセージが書かれたカードなどを目にする。そんな所が、一ヶ所だけあった。

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「アメリカ同時多発テロ事件」と呼ばれる出来事から、4年以上。
世間には、あれはアメリカを標的とした許されまじき“テロ”であったという説や、アメリカ政府はその“テロ”を黙認したという説や、はたまたアメリカ政府がイラク戦争開始の“大義名分”を獲得するための工作であったと主張する説など、色々な見方がある。

事実なんて、そんなの分かんない。
いや、実はきっとこうなんだろうと思うことがあるのだけど、あまりにも論争の激しいトピックなだけに、あえて私の考えや推測は書かないことにしよう。

でもね、今でもごく日常のように、この大都市の上空を飛ぶ飛行機はたくさんあるんだよ。
ほら、今日もお空に飛行機雲が。

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空って、やっぱりどこでも透き通った青色をしているんだ。
たまに、そのあまりにも美しい景色が残酷に思えたりすることもあるけど・・・。

青い空を見上げ、過去に、未来に、そしてずっとずっと遠い土地へ思いを馳せてみたりする。
あなたが今日見上げたお空は、どんな表情をしていましたか・・・?
「そんな、いいのに。おれも、いつもみんなにお世話になってっからさ。」

ある尊敬するお兄さん的存在の方のお言葉。
遠慮という意味ではなく、本当にこの“言の葉”の通りの気持ちでおっしゃったんだと思う。

この言葉、何気なく聞こえるようだけど、実はすごく深い。

私がまだ地元にいた今年の夏。
ある日、地面のコンディションが悪い所に車を乗り入れてしまい、案の定ぬかるみにはまって
動けなくなってしまった。あーっ、やっちゃった。

一緒にいた友だちとどうにか車を動かそうとするけれど、エンジンは回るのに一向に車は前に進まない。困り果てた私は、助けを求めて彼に連絡をし、わざわざ足を運んでもらったのだった。

手際よく私たちを助けれくれた彼は、まるで救世主のようだった。作業が終わり、「よかった、よかった。じゃぁね!」と、わざわざ足を運ばなければならなかったことを少しも厭わないかのように、さわやかに走り去っていかれた。私たちが、幾度もお礼の言葉を紡ぐ前に・・・。

そして、それからしばらく経って。

お世話になったこの方に、何か喜んでもらえるもののお返しをと思い、次にお会いする時にちょっとしたものを買って訪ねた。こういう時に、本当は何か気のきいた手作りのものを持っていければいいのだろうなぁと思いつつも・・・。

タイミングを見計らって感謝の言葉と一緒に手渡す。その時に発された言葉が、冒頭のものだ。

自分もいつも“みんなにお世話になっている”という表現が、あぁ、この人は本当に大きな
心の持ち主なんだなって思わせた。

その人の信念や価値観、そして世界観や宇宙観までもあらわにしたようだった。
「ありがたいなぁ・・・」その瞬間、そう思った。

なぜなら、“みんなにお世話になっている”という言葉が、「恩や感謝というものは生き物の間を循環している」というある種の信念みたいなものをその背後に見せたからだった。

恩や感謝だけでなく、願いや信念などの目には見えない人の気持ちって、きっと宇宙空間をぐるぐると循環しているのだと思う。人から人へ。生き物から、生き物へ。

もちろん、というように、双方向に行為や感謝の気持ちが行き来することも日本社会では特に大切にされてきた習慣であり、文化なのかもしれない。

だけど、その長年培われてきた当たり前の方式の元で度々つまずくことも多かった、社会においてまだまだ未熟な私にとっては、彼の言葉が光を帯びて私の心に安堵感を与えてくれたのだった。

“みんな”・・・か。 “みんな”・・・ねぇ。

アメリカという、また違う文化を持つ地に来て思い出す。ここでは、もちろん互いに感謝はするのだけれど、日本にある「恩返し」というのと全く同じ観念はないように見える。

助けたい時に助ける、それだけ。いたってシンプルだ。

そう言えば、日本では当然のようだった、どこかに旅行した時にお世話になっている人に
「おみやげ」を買うという習慣も、ここにはない。

きっと「恩返し」や「おみやげ」の文化を持つ国も持たない国も、それが必要で、必要ではなかったから、そうしたそれぞれの文化を育んできたんだろう。

何気ない一言に、その人の温かさがにじむ。

そんな瞬間を、尊いものだと、改めて感じた。

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「あっ、東京だ。」

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ニューヨークシティに到着してからの印象が、これだった。

ジョン・F・ケネディ空港から、地下鉄とバスを利用して友だちの住む郊外の街に向う。
飛行機を降りた後のエアトレインはまるで東京のモノレールのよう。
そして地下鉄とJRを乗りこなせれば非常に便利に往来できるのも東京と同じ構造だと思った。

発達した大都市って、何だか同じような顔をしている。

ただはっきりとしていた違いは、人種の多様さだった。
地下鉄に乗る。すると、ある時はそこは90%くらいがアフリカ系アメリカ人の乗客だった。
これが、義務教育中に習った、いわゆる「ドーナツ化現象」の一端なのだろうか。
地下鉄では、白人やアジア人などの存在が目立って見える。

みんな、自分の世話だけをする。仕事を淡々とこなしている。そんな風景が目に入る。

モンタナに帰って来て、色んな人が私に尋ねた。

「ニューヨークはどうだった?」

そして私は決まって答える。

「楽しかったよ!友だちにも会えたしね!ただ、訪れる分には楽しいけど、住むには無理だなぁ。」

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もちろん、誤解があるといけないから補足しておくと、都市の雰囲気がそんな感じというだけで、個人がどうと言うことではないし、それに私がまだこの世界有数の大都市の、味のある部分を見ていないからこんな風に感じるだけなのかもしれない。

う〜ん、何か今日の記事、全然冴えないなぁ。せっかく見て頂いた方に、申し訳ないくらいです。
次はもっと心にしっくりとくる記事を書きたいな。