大空の下で 〜my diary〜

モンタナの小さな街から送る、留学日記

昨日のコンサート。
深くうなずいた言葉が一つ、ありました。

“For us, music is life.”

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“自分たちにとっては、音楽ってもんは生きることそのものなんだよ。”
この日ゲスト出演をしていた、モンタナのネイティブ・アメリカン部族の一つである「ブラックフット」の、酋長さんのお言葉でした。何だか、意味が深いですね。

モンタナには、ネイティブ・アメリカンの居留地が7ヶ所あります。
その中で、最も規模の大きい部族が「ブラックフット」。

コンサートのポスターが、ネイティブ・アメリカンの音楽を披露することを強調しているものだったので、ちょっと期待して行ってみたのですが、(私にとっては)残念ながら、期待した音楽は幕開けの時だけで、その後は2時間くらいずっとオーケストラによるクラシック音楽でした。

私は小学校高学年から8年間くらい、吹奏楽部や一般のマーチングバンドに所属していたので、そういう意味では何かと西洋的な音楽はちょっとかじってきたのですが、なぜか分からないけど、どうもクラシック音楽って実は自分から進んで聴こうとは思わないんですよね・・・。

でも、その他のジャンルの音楽はほとんど大好きです。
最近はアイリッシュやケルトの民族音楽、中東の民族音楽に影響を受けたものあたりをよく聴いています。ネイティブ・アメリカンの音楽の影響を受けた曲も大好きです。

この日も、酋長さんたちの力強い声で歌が振る舞われた後にオーケストラのミュージックが披露されたのですが、何だか私にとってはアンバランスなものに見えました。

タワーレコード株式会社さんが、“NO MUSIC, NO LIFE”ってのを謳い文句にして広報をされていて、“音楽があることで気持ちや生活が豊かになる”という意味らしいのですが、ネイティブ・アメリカンの酋長さんによって発せられた言葉の方が何か説得力があるよなぁなんて。

音楽って、元々はそれほど特別なものじゃなくって、もっと生活のすぐ近くにあったものなんじゃないかなと思います。喜びとか悲しみとか、様々な感情をヒトが共有し合い、シンパシーを感じたりする一つの知恵としての役割も大きいのだろうなぁと。

それにしても上の写真、何だか不思議な光景だよなぁ・・・。
昨日までは、授業でのプレゼンテーションの準備などでバタバタしていました。
寝不足を気を張らせてカバーして、息が抜けなかったから、週末くらいはリラックスしたいところ。

今日土曜日のスケジュールは、こんな感じでした。

●午前中・・・リサイクル活動をやっているクラブを手伝う
●お昼・・・メンバーと一緒にランチ
●午後・・・ダウンタウン(と言っても、非常にこぢんまりとした)を一人でちょこっと探索
      →店員さんとのおしゃべりを楽しむ
●自転車で帰ってきて、ちょっとリラックス
●友だちにチケット2人分もらったからと誘われて、地元の小さなコンサートへ

ブログの内容も、気を抜いたものにしてみました。(笑)

何気ない、小さなコミュニティでの生活の1コマたち。
これらが、私に至福のときを与えてくれます。

目に見えてスペシャルなことは、もうきっとそんなには必要ない。
何気ないことを、一つ一つスペシャルに捉えれたら、みんな世界一幸せになるだろうな。

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熊本の阿蘇にて。写真は南小国の某有名スポットからの風景。
もう言葉はいらないな、と思えるくらい大好きな風景です。
実は、あんまり得意ではありません。

恥ずかしがりやだからというのではもちろんなく(笑)、
なんと言っていいか時に分からなくなるからです。

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私には夢がある。

ある日、国民たちが立ち上がり、この言葉の本当の意味を現実のものとすることを。
『ここに一つの自明の真実がある。人間は、みな平等にして神に創造されたのだ。』

私には夢がある。

ある日、ジョージアの赤色土の丘の上で、かつて奴隷であった者の子どもたちとかつてその奴隷主であった者の子どもたちが、まるで兄弟であるかのように互いにテーブルに向かい得ることを。

私には夢がある。

ある日、不毛の地であり不平等と抑圧の熱にうなされる土地ミシシッピでさえも、自由と正義で潤うオアシスに変わり得ることを。

私には夢がある。

ある日、私の4人の幼い子どもたちが、肌の色によってではなくどんな人物であるかというその中身によって評価されるような国に住むことの出来る日が訪れることを。”

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1950〜60年代、アメリカでにアフリカ系アメリカ人の解放運動を指導した、かの有名なキング牧師。上記の言葉は、キング牧師が1963年に行われた「ワシントン大行進」の際の有名な演説の一部です。(原文はこちら。)

昨日の記事に関連してですが、1955年12月のローザ・パークスさん逮捕事件に対する抗議、そしてバス・ボイコット運動から始まり、全米各地で公民権運動を指導したキング牧師。

日本ではそれほどなじみのない人物のように思いますが、アメリカではキング牧師の栄誉をたたえて毎年1月の第3月曜日が祝日となっているそうです。大学もお休みだぁ。
(彼の誕生日である1月13日にちなんで“Martin Luther King, Jr. Day”)

今では英雄としてたたえられるキング牧師や、つい先日亡くなられたローザ・パークさんも、当時は非常に厳しい風当たりの中で必死に生きてこられたに違いありません。きっと並大抵のことではなく、時には孤独で、また時には仲間に恵まながら、それこそ“必死に”生き抜かれたのでしょう。

1968年に暗殺され、キング牧師が亡くなられてから約40年が経とうとしている今。
でももし、今の時代に彼のような人が生きていたら、どんな夢を語るだろう・・・。

そんなことを考えながら。目には見えなくとも、今も確実に動いている時代の流れが、どうか少しでもよき方向に向かっていることを願いました。
・・・それは、突然やってくるのかもしれない。
それまでの、静かだけど力強い一つ一つの炎が集まり、飽和状態に近づいた時に。

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アメリカの公民権運動家、ローザ・パークスさんが、先日亡くなられた。

1955年、12月1日、いつものように買い物帰りにバスを利用したローザさん。疲れていたので席に座ると、運転手が突然やって来て、いきなり彼女に対して、白人に席をゆずるようにと言う。

そう、このころ、アメリカ南部ではジム・クロウ法という、「アフリカ系アメリカ人(黒人)は白人に、バスやレストランでは席をゆずりなさいね」なんていう今では信じられない法律があった。

しかしローザさんは席をゆずることはなかった。白人に席をゆずることを、拒んだのだ。そしてこの出来事が、やがて大きな公民権運動にと発展していく・・・。

アメリカの歴史上、偉大な功績を残され、92歳で亡くなられたローザさん。
ご冥福をお祈りしたいと思います。

今ちょっと時間に余裕がないので、この続きは次の記事で書くとして、もう少し深く考察してみたいなと思います。
朝、図書館の中からふいに窓の外へ目を向けると・・・。

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およよ・・・。

キャンパス内を、我がもの顔で歩くシカさんたち。

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ファミリーで仲良く朝食を取っていました。
いやいや、ここは野生動物園か・・・。

朝から心が和む風景でした。

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最近のお気に入りの一つ。

日本でもブームになっているのでしょうが、“ヨガ”をするのが大好きです。
まだまだ始めたばっかりの、初心者ですが。

“心と体は、同じものが違う現れ方をしているだけで、実は同一のもの”
どこかで聞いたことがあるのですが、あぁ、それって本当かもなぁってよく思うことがあります。

もしも誰かの役に立てるような人になりたいと思うなら、まずは自分を十分に幸せにしてあげることなんだって強く感じてから、そしたらどうしたらいいかなと考えたとき、“ヨガ”をしてまずは心身を喜ばせてあげようと思いました。
(誰かの幸せ=自分の幸せという、最高の境地には至っていない未熟者なので・・・。)

体がハッピーになると、心もうきうきする。
心がわくわくしていると、体も生き生きと動いてくれる。

そんなプラスのエネルギー循環を、まずは自分の心と体でしっかりと身につけたいなと思います。

インドが発祥の地である、ヨガ。(正しくはヨーガだそうです。)
もちろん、単なるエクササイズではなく、その奥深さを知ろうと思うならきっと一生かかるようなものだろうけど、これからも、ゆっくりじっくりと学んでいきたいものの一つです。

ちなみに、私はこっちに来てから、この本を参考にしてヨガを始めました。

DVD・見ながら簡単ダイエット・キレイにヤセるパワーヨガ
DVD・見ながら簡単ダイエット・キレイにヤセるパワーヨガ

DVD付きで、初心者の私にも分かりやすくて重宝しています。
非常にありがたい一冊でした。
今週末は、「ベリーダンスフェスィバル」に参加してきました。

インストラクターは、お隣のオレゴン州ポートランドというところから教えに来られた、Janeという女性。私がヘレナ市で通っている教室の先生が主催のイベントでした。ワークショップの後にショーが続く、という内容。とっても楽しかった上、かなり勉強になりました。

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なぜかかなりぼやけた写真になっていますが、これはショーの写真です。
Janeの美しい踊り。

今回参加したイベントを通して感じたのは、ここ(アメリカ国内)での美的感覚についてでした。何かを視覚的に捉えて、「あぁ、美しいなぁ・・・」と思う基準は、もちろん人それぞれ異なるかと思いますが、ここでは“dynamic”であることはきっと“美”を感じる一つのエッセンスだろうなと思いました。

dynamic”とは、「ダイナミック」と和製英語にもありますが、「エネルギーを感じる、強力な、活動的な」という意味だそうです。(ジーニアス英和辞典第3版より)

またダンスに限らず、講演者なども「彼女のスピーチはとってもダイナミックだったわ。」みたいな言葉で褒められ、エネルギーを感じさせるような振る舞いは好まれるんだなぁと思いました。

かたや、一昔前(?)までは「つつましさ」が女性の“美”の一つのエッセンスであったであろう日本。
あっ、また、きりのない文化比較をしてしまいました・・・。(笑)

エジプトやトルコあたりを起源とするであろうベリーダンスが、Jane独自のダイナミックな魅力を含んだ豊かな踊りに変身しているようでした。

歌も踊りも、国境がない。
誰かが心の底から楽しいって感じながら踊るのを見ると、こっちも思わず笑顔になっちゃう。
そんなノンバーバルな世界を、これからも学んでいきたいなと思いました。

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めいっぱい、色づいています。

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思わず、息を呑むほど美しい風景です。

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カトリック系の大学なので、マリア様の像がありました。
抱いているのはイエス・キリストかな。

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以上、キャンパス内からお届けしました。 

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ジャジャーーーーーン!!

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昨日は、ルームメイトの一人の誕生日でした。

私はルームメイトが3人いるのですが、誕生日を迎える女の子以外のルームメイトと事前に打ち合わせをして、バースデイケーキとプレゼントを用意しました。
ケーキをルームメイトが買ってきてくれて、プレゼントを私が用意。

うーん・・・なんとも、カラフルなケーキですね。
笑っちゃいけないけれど、おもしろい模様だ・・・。

このカラフルすぎる色は・・・きっと石油系の合成着色料なので、あまり体には入れたくないなぁと
思いつつ・・・でも、食べました。
味は、日本のケーキの10倍くらい甘いですね。言いすぎかな。(笑)

みんな忙しいので、ランチタイムにちょっとお祝いをしただけでしたが、誕生日を迎えたルームメイトも本当に喜んでくれて、とっても楽しいものになりました。

そうそう、こっちに来てびっくりしたのですが、アメリカでは21歳にならないとアルコールが飲めないらしいですね。彼女も昨日で21歳。合法的にお酒が飲める年齢ということでした。
「日本だと、20歳だよ。」と伝えると、みんなに羨ましがられました。ほんのちょっとの違いですが。

誰かの誕生日のお祝いをするのって、いつになっても楽しいものですね。

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ちょっと、せつない話を聞いたよ。

Samは、海を見るたびに彼女のことを思ったんだろうか。

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今夜は、9月26日に行ってきた「ピースギャザリング」を主催した、“PEACE SEEKER”という
平和活動団体のミーティングにオジャマして来ました。

そこで話し合われた内容も非常に興味深かったのだけれど、最後に自分の経験したことを、日本からやって来た変わり者の留学生に話してくれたご年配の男性の話が一番印象に残りました。

今日はミーティングで、Samさんという、おそらく70歳くらいであろう方とお会いしました。
とっても元気で、非常にしっかりした意見を持ち、平和を強く望むお方でした。

彼の話は、ミーティングが終了しすでに数人が帰ってしまった後、こんなふうにして始まりました。

あれは、1945年8月だった・・・。母がいきなり、『ペンとスプーンを持って庭に出なさい!』って喜んで言うんだ。どうしたのかと思いながら兄弟で庭に出てみたら、『戦争に勝ったわよ!(終わったわよだったかも。ここは訳ミスの可能性あり)』と言うんだ。そしてみんなでペンとスプーンをカチャカチャ言わせながら、騒いだものさ。」

そして、その後の彼の話はこんないきさつでした。

1945年から10年後、高校を卒業してすぐに進学をする気になれなかったSamは、
お父さんの勧めもあって、軍隊に入隊することになります。
そして派遣先は、日本の大阪と神戸、その後韓国と、3ヶ所で兵士として働くことに。

そんな中、Samは日本にいる間にある日本人女性と出会い、2人は恋に落ちてしまったそうです。彼女は非常に優しい女性だったとか。
ある日彼女に「両親に会ってほしいの。」と言われ、2人は小旅行に出かけることに。
そして向かった先は、広島。

しかし、観光はしているのだが、一向に彼女の両親が現れない。
おかしいなぁと思ったSamは、宿泊施設についた後、「ご両親は?」と彼女に尋ねる。
すると彼女は、「あぁ、私の両親なら、いつでもあなたに会わせられるわよ。ちょっと待っててね。」
と言って、彼女は自分の荷物から何かを探し出してきた。

風が吹く窓辺に立ち、彼女が手にしていたのは、涼しげな音を鳴らす風鈴
「私の両親がここでささやいているのが、あなたにも聴こえる?」

・・・そう。実は彼女は広島の出身で、1945年8月6日、彼女の両親は広島で原爆によって亡くなっていたのだった・・・。

その後2人は、Samが韓国へ派遣されることになったために離れ離れになってしまう。
「日本は本当に美しくていいところだった。あそこにずっと住みたいと、あの時強く思ったんだが・・・。」

終戦から10年が経ち、アメリカと日本という国境を越えて出会った2人。
米軍基地の兵士と、原爆で両親を失った女性との恋。

また、Samはこうも言っていました。
「本当に信じられなかった。1945年8月のあの日、私は庭に出て、兄弟とはしゃいでいたんだ。
それなのに、その頃日本では・・・。」

「こっちに帰ってきてから、今でも探しているんだけど、こっちじゃやっぱり一向に見当たらなくてね。あの日本で見た風鈴を、もう一度見たいんだがね・・・。」

(追記:写真は、熊本県の天草の海を撮影したものです。)

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ちょっとしたことだけれど。

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最近よく思うのですが、何だかこっちに来たら、周りの人たちはポジティブ思考の人たちが多いように感じます。エネルギーが常に前に向かっているというか、みんなとってもパワフル。

日米の文化を比較したらきりがないので、そんな膨大な作業をするつもりでは
もちろんないのですが、直感でそう感じました。

おそらく日本の文化の特徴の一つであるであろう、“繊細さ”とか“細やかな心くばり”というのも
素晴らしいけれど、最近はこっちでの“あっけらかん”としたコミュニケーションが非常に心地よく
感じてきてしまっています。

“カモフラージュ”して伝え合うことの優しさと、“クリア”にして伝え合うことの親切さと。

留学生活を始めてから、コミュニケーションの手段が“英語”になっていることから、自分の
物事に対する捉え方とか考え方とかが、ほんの少し以前とは違っているような気がします。
言葉はやっぱり思考のベースに関係しているのかな、なんて。

ちなみに私の通う大学は、生徒数1400人ほどと、非常に小さな規模の大学(カトリック系、
私立大学)なので、留学生も少なく、日本人にいたっては3人しかいません。
しかも3人とも好んで英語しか話さないので、私が日本語を口にするのは電話で日本人と
話をする時のみ。語学勉強中ということで・・・。

文化の違いを発見するのっておもしろいなぁと思います。
でもそれ以上に、様々な相違はあろうとも、結局根底にある求めるものは一緒じゃん!って
気付いた時が一番うれしいです。

ちょっと、漠然とした話になりすぎてしまったかもしれませんが・・・。(笑)

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街の中にある、大聖堂。

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天に伸びるように建っています。
それって出来るだけ神様に近いところに行きたいからかなぁと思ったりします。

この大聖堂、実は何十年か前に小型飛行機が衝突したんだそうです。
ある操縦士2人が、ある日酔っ払って飛行機でこの大聖堂の2つの尖塔の間を
飛行機で抜けられるか、賭けをしたそうです。

もちろん、結果は悲惨なものに。
ご想像通り、ガシャーン!と追突してしまったとか。
そして今日の写真のものは再建造されたものということになりますね。

そんな、なかなか珍しいエピソードを持つ、美しい建造物です。

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単語の意味をご存知の方は、「あなた大丈夫?」ってもしかしたら思われたかもしれません。

もちろん、“somnambulism”とは私のことではありません。
この言葉は、先日参加した小さな講演会で私が新しく学んだ英単語でした。

somnambulism”とは、和訳すると“夢遊病”となるそうです。
(「ジーニアス英和辞典・第3版」大修館書店より)

私の住むヘレナ市の、とあるミュージアムで「コロンビアからの証言」という題名の小さな講演会の後、お決まりのディスカッションタイム中に、ある参加者からこんな言葉が発せられたのでした。

それは、ファシズムではない。
 コミュニズム(共産主義)でもない。
 それは、
somnambulismだ。」


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足が、止まった。

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このお空に出会ったら。

美しかったよ。

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また明日ね。


PS:先日寝太郎さんに教えていただいたお陰で、やっと画像を大きくすることが出来ました。
   ありがとうございました。

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中央アメリカに位置する国、ニカラグア共和国。
そんな激しい内戦がずっと続いていたなんて、話を聞くまでは恥ずかしながら知らなかった・・・。

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今週、ある小さな講演を学内で聴く機会がありました。
ポールさんとパムさんという50歳代くらいのご夫婦によるもので、お2人は、1980年代から何度かニカラグアを訪れては住民の方々と出会い、写真を撮り、話を聞き続けてこられた方々でした。
タイトルは、“WITNESS TO WAR”(戦争の目撃者)

ニカラグアで1979年のサンディニスタ革命後に勃発した内戦は、冷戦中にアメリカ軍が
いわゆる代理戦争の一つとして介入したために、状況はますます悪化してしまったそうです。
そしてこの内戦中に、何千人ものニカラグア人が亡くなったということでした。

悲劇は、非常に簡単に綴るとこんなふうに起こりました。参照「ウィキペディア」

(以下、自己解釈による)〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

1936年 サモサ一族による独裁政治が始まる(アメリカの武力干渉下で3代続く、新米政権
 
1963年 反サモサ政権の人々が「サンディニスタ民族解放戦線(FSLN)」として武装蜂起
       →サモサ政権にたいして武装闘争を開始(ゲリラ戦が始まる)

1979年 「サンディニスタ民族解放戦線」によるニカラグア革命が成功→サモサ政権が倒れる

       革命後、反FSLN武装組織(通称:コントラ、サモサ派残党)との内戦が勃発

1981年 米国レーガン政権は、革命を敵視してサンディニスタ政権に対する経済援助を停止
       →コントラを軍事的に支援→内戦長期化  

1985年 米国レーガン政権は経済制裁を開始

1986年 国際司法裁判所が「機雷封鎖、コントラ支援を含むニカラグアへの攻撃は、国連憲章を
       ふくむ国際法に違反」とする判決を下す→米国はそれを無視    

1988年 政府と反政府勢力問の暫定停戦合意が成立

1990年 大統領選挙→サンディニスタ政権が敗れ、チャモロ政権が発足

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

長い年月におよぶ内戦によって、多くの民間人が犠牲となったであろうということは、言うまでもありません。講演では、スライド写真をたくさん見せてもらうことが出来ました。

「いきなり兵士たちが家の中に入ってきて、お父さんを銃で殺したのよ。」と証言する、
ティーンエイジャーの女の子。(当時6歳)そして、手や足を地雷や銃によって失った人々。
夫も子どもたちも兵士たちによって殺されて、その現場を遠い目をして見つめる婦人。
その他にもたくさん、内戦による身体的また精神的な爪痕が、スライド写真によって、
そして講演者によって語られました。

講演終了後、講演者の方と少しお話しすることができ、いくつか質問をしたりしました。

「これって、現在イラクなどで起こっていることと全く変わらないですよね?」
「そうね。」
パムさんが、私の質問に対して穏やかに答えてくれました。

キューバで、ベトナムで、そして現在のアフガニスタンとイラクで、アメリカ軍は世界中のいたるところに傀儡政権を擁立し続ける。経済においてもまた、どんどん外国資本が流れ込み、いわゆるグローバル化がどんどん進む。西洋化が進み、アメリカナイズされていく。
よく出来たマニュアルのように。

私のアイデンティティーが強く関わる“とある国”も、きっとその例外じゃあないはずだ。

いつまでこんなことが続くんだろう。
そんな、世界の一握りのひとたちのワガママで、好き勝手なことが永遠と許されることはないはず。
・・・十二分にアメリカナイズされた自らの生活を横目で見つつも、そう思った。


<注>----------------------------------------------------------------------------------------
記事にはある種の偏った意見が反映されている場合がありますので、予めご了承ください。
記事の内容が事実と異なっている部分を含む可能性は大いにありますので、 「ここは違うと思う よ。」などのご指摘は、コメントにでも残していただければ幸いです。
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現在ではすっかりかぼちゃ祭りなハロウィン。

ルームメイトの一人が、部屋をデコレーションするのが大好きで、かつとっても上手なんです。
ということで、現在私たちの部屋は彼女のおかげで、ハロウィン風にすっかり可愛くなっています。

ハロウィンの起源は、ケルト人の収穫感謝祭だったんですね。

フリー百科事典“ウィキペディア”さんを参照させていただくと、
「ケルト人の1年の終りは10月31日で、この夜は死者の霊が家族を訪ねたり、精霊や魔女が出てくると信じられていた。これらから身を守る為に仮面を被り、魔除けの焚き火を焚いていた。」

なんだそうです。このお祭りの起源はここにあったんですね。

スーパーも、どこもかしこもかぼちゃやハロウィングッズを大量に並べています。
日本のクリスマスやバレンタインなどもそうだけど、イベントのシーズンって、商業的に見ても
きっと必要なんだろうなぁ。

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とってもおいしいです。

モンタナ州の特産品、ハックルベリー。(ツツジ科の低木)

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ハックルベリージャムをパンにつけて食べるのが最近のお気に入りです。

日本にいた時は、ご飯ばっかり食べてパンはあんまり食べてなかった私も、
こっちにきたら何だかパンばっかり食べているのに違和感がない・・・。不思議だな。

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日本の折り鶴が、こんな形で可愛く変身していました。

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先日の小旅行中に訪れた、ミズーラ市でのピースギャザリングでのサイレントオークション。
誰かがこんな素敵なアクセサリーを作って、オークションに出していました。
“サイレント”オークションなので、普通のとはちょっと違い、テーブルに商品と紙が置かれていて、
それを買いたい人が次々と自分の番号と値段を書き足していきます。
上の写真は、折鶴ネックレス。

折り鶴は、平和を願ったり、だれかの幸せを願って心をこめて作られますよね。
そんな折り鶴が、こんな形で日本から太平洋を渡って素敵なものに形を変えていたとは・・・。
何だかとっても感激して、しばらく立ち止まってじーっと眺めていました。

うれしいな、うれしいな。

また、このイベントの様子はそのうちご報告させていただきたいなと思っています。

それから、こんなのもありました。
折り鶴のピアス。

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可愛かったなぁ。

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今日は、一風変わって。モンタナの大自然を・・・。

先日の小旅行で訪れたミズーラ市に、“Bison Ranch”(バイソン観光牧場)というところがありました。お天気がよくて暖かかったせいか、バイソンにもヘラジカにも出会うことが出来ました。

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写真が小さすぎてよく見えないかなぁ。

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カメラを向けたら、可愛い一頭のヘラジカが、「あそこにいる生き物は何かしら?」と言っているかのような顔をしてこっちを向いてくれました。
「私は人間という生き物だよ。ジャマしちゃってごめんね。でも傷つけたり何にもしないから大丈夫だよ。写真だけ撮らせてね。」

・・・って、十分ジャマしちゃってたかなぁ。

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そうそう、写真をもう少し大きくしたいのですが、やり方が分からなくてずっとこのままのサイズでアップしています。どなたかお詳しい方がいらっしゃったら教えていただけるとうれしいななんて・・・。(笑)

アメリカに旅行と言ったら、ニューヨークやカルフォルニアやフロリダなどが人気なのかもしれませんが、モンタナも本当にお勧めです。(あくまでも個人的にですが)

大自然の中で、文字通り、思いっきり羽根を伸ばしている今日この頃です。
正直、記事にしようかどうしようか迷いました。

でも、出来るだけ多くの人とイラクのなかなか報道されない部分も情報として共有できればと思い、今日はこんな内容にさせて頂きます。

私がいつも、一つの情報源として拝見している興味深いブログがあります。
フリージャーナリストの、志葉 玲さんのブログの10月6日付けの記事。

http://reishiva.exblog.jp/3581250/

写真の信憑性などの判断は、見られる方によって感じ方は自由かと思います。
少なくとも私は、これがイラクで日常的に行われている占領の様子を映し出すものの
一つではないかと思っています。

こうした現実を目の間に突きつけられたとき、私はいつも自分の無力さを感じます。
どこに向けたらよいのか分からない、怒りに近い感情が沸いてどうしようもなくなります。

だけど、世界が少しでもいい方向に向かってほしいと思うなら・・・
こうした、自分にとっては痛い現実も目を伏せずにきちんと見つめたいと思います。

先日の、“Wheels of Justice”のイベントで、メンバーと観客とのディスカッションになった時、
誰かが聖書か本かの文章を引用してこうおっしゃっていました。

「世界をよりよいものに変えたいと思うなら・・・。まずは、あなた自身を変えなければいけません。始めにあなた自身、そしてその次にあなたの周りの身近な環境、地域、国、そして最後に世界が来ます。この順序は決して変わることはありません。」

まずはこの自分、ということですね。

遠い遠い“世界”にいつの日か辿りつけるか分からないけれど、自分を変えることならできるはず。
その瞬間に向き合っている目の前の人が、少しでも幸せだなって思ってくれるように動くこと。
その他、自分の変えていかなきゃいけない部分にも厳しくなろうと思います。

そうして、少しはこの世界のひとカケラでもお役に立てますように。
誰にも知られずに傷つけられて、理不尽に亡くなっていった方々のことを忘れないようにして。

どうか温かい、人々の手によって、この世界に灯りがともりますように・・・。

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“Wheels of Justice”
(昨日の記事に引き続き紹介)

6年前から、平和・反戦を訴える人々が大型バスと共に続けてきた旅。
彼らの現在のメインテーマは、「イスラエル軍によるパレスチナ占領」と「イラク占領」の事実を
アメリカに住む人々に伝えることだ。

そして昨日、私が出会った活動家たちは、ただものじゃあなかった。

コメディアン&ミュージシャンのDAVE LIPPEMANは、軽快な音楽に合わせてイラク戦争や
全米の巨大企業ウォールマート批判なんかを、かなり上手いジョークにして歌う。

DAVEはどこかの事務所に属しているのではない独立したコメディアン。
バスに乗車して旅をしない時は、カルフォルニアのライブハウスなどでパフォーマンスをしたりと、
全米の色んなところでプロのコメディアンとしてライブを行っているらしい。このパフォーマンスがまた、すごく面白かったり、歌が聴き惚れるほど上手かったりと、観客を飽きさせることがない。

DAVEのページ→http://www.davelippman.com/

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また彼は、昨年夏にイスラエルとパレスチナを訪れたことから、その旅を通して感じたことを写真と歌をとても上手く組み合わせながら伝えてくれた。本当に素晴らしいパフォーマンスに、観客の拍手は鳴り止まない。

「出来るだけこの旅に参加しようと思ってるんだ。」と、“Wheels of Justice”の活動に対して語る彼も、やはり生活の糧は別の場所で得て、旅に参加してと、パワフルに動き回る活動家だった。

そしてもう一人の講演者、Mazin Qumsiyehは、自身がパレスチナ出身で20代のときにアメリカに来て博士号を取得したという人物。現在はエール大学とデューク大学(どちらも超名門大学だぁ・・・)で遺伝子学を教えている教授なのだった。

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最初お会いした時は、Tシャツにジーンズと、普通の格好(当たり前だけれど)だったから
観客の一人だと思ってしまったほどだった。とても温かい人柄で話しかけやすくて、講演でもカナン(パレスチナ地方を聖書でそう呼ぶ)の歴史と現実を分かりやすく伝えてくれた。

また彼は、“Sharing the Land of Canaan”というカナンの歴史と事実を綴る本の著者でもあり、様々な分野で活躍する平和活動家だった。

Mazinのページ→http://qumsiyeh.org/home/

パレスチナ問題かぁ・・・。
パレスチナ地方を巡ってのパレスチナ人定住者とイスラエル人入植者との間の長年の闘争。
正直言って、あまりにも複雑すぎるし、とことん勉強したわけじゃないからまだ私には何とも言えないんだ。

けれど、「虐待を受けた子どもが大人になってまた子どもに虐待を繰り返すように、悠久の歴史の中で迫害され土地を追われたユダヤ人は今パレスチナ地方に来て同じことをやっている」という誰かの発言が、耳に残って離れない。

それが事実かどうかは別として、本当のこと、出来るだけ事実に近いことは、その歴史や背景を知らずに、また地理的に遠い場所にいるとなかなか知るのは難しいと思う。(もちろん、地理的に近くても分からないことはたくさんあるけれど。)いわゆるマスメディアが、いつもバランス感覚を持ちながらニュースを伝えてくれるとは思えないしな。

そんな中、やっぱりこういう活動家たちの話を聴くのは、私にとってはとてもいい刺激になる。
ここからずっと遠い地域で今この瞬間も傷つけられているたくさんの民間の人々のことを、
決して忘れないんだ。

「知る」「気付く」ということは、私の一番の原動力なのだから。
今日、モンタナの時間で一つ歳をとりました。

そして昨日、私の誕生日を知った友だちが、パーティをしようって言ってくれたけれど、私はどうしても参加したいイベントがあったから、友だちの好意を丁寧に断って、今夜はある小さなイベント会場に向かいました。もう一人10月生まれの女の子がいるから、その子の誕生日パーティを一緒に企画しようねと言って・・・。

そう、どうしても私には、自分の誕生日などどうでもよいくらいもう一度会いたい人たちがいました。

それは、これまで6年間にわたって全米48州を旅し、平和・反戦を訴え続けてきた
“Wheels of Justice”という団体の人々でした。http://www.justicewheels.org/

彼らが乗っている大きなバス(ベッドとトイレ付き)

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1991年に勃発した湾岸戦争後のイラクで、民間人が経済制裁によってまたは直接的に命を奪われているのを目撃した一人のアメリカ人が、イラクの現地の状況をアメリカに住む人々に伝えたいと、6年前に始められたこの活動。様々な人が入れ替わり立ち代りメンバーとして参加し、講演をしたり音楽ライブをしたりしてきたそうです。
また、最近このバスは、バイオディーゼル燃料で走り、天上にはソーラーパネルがついて車内の電気は自給自足できるようになっていました。

今夜は講演後、イベント主催者の方のお宅にオジャマさせていただき、メンバーとお話をすることができました。現在のメンバーはアメリカ人男性5人ほど。皆さん、アメリカの東部や西部、いろんなところからやってきている人たちでした。

本当に楽しい人たちで、アメリカンジョーク(?)が絶えることない楽しい夕食だったけれども、大変な思いをされてこられているのも確かでした。

「こういう活動をしていて、誰かに見張られたり危険な思いをしたことはないんですか?」
と私が恐る恐る尋ねると、
「そりゃあ、あるさ。俺のトラックはガラスをめちゃめちゃにされたことがあって今裁判所に訴えているとこなんだ。兄貴も傍聴されて大変な目にあって、訴えようとしてるけどきっと無理だね。」

なんと。そんな現実をさらっと・・・。
おお・・・自由の国アメリカ・・・。平和や反戦を求める活動は決して見逃さないところなのか?

そうそう、私にそんな質問をさせた一つの記事がありました。
「暗いニュースリンク」という大変興味深いブログの記事。
どうやら先月、ノースカロライナ州のあるウォールマートで、反ブッシュ写真を持ち込んだ高校生が、シークレットサービスから尋問を受けたらしいということです。

http://hiddennews.cocolog-nifty.com/gloomynews/2005/10/post_e08f.html

自由って、民主主義って、ああもう定義が分からなくなる・・・。

PS:誕生日の誓いは明後日にのばします。明日はまた今日のテーマの続きを。
、ですね。

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モンタナも、です。

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今週いっぱいまでの秋休み。
大学のあるヘレナ市を離れて、少しだけ浮遊してきました。(笑)

今回の小旅行を大まかに説明すると、モンタナ州ミズーラ市(モンタナ州西部)に友だちのEmilyと向かう&Emilyのお家にホームスティ〜ピースギャザリングに参加〜バッファローを見たり〜モンタナ州カリスペル市(モンタナ州西北部)へ向かう〜バスで寮へ帰宅といった感じでした。

そして、移動中の景色を見ながらしみじみと感じたこと。
それは、「どこを見てもいつも山がある!」ということでした。

360度、ぐるっと見回してもいつも山がありました。
また街と街、都市と都市をつなぐ大きな道路はいつも、山の間を通り抜けるようにして作られているようでした。最も、私はまだモンタナ州の西部と西北部、つまりロッキー山脈の流れを汲んだ山々のある地域しか見ていないのでそう感じるのだと思いますが・・・。
Montanaという名前も、mountainという言葉から由来しているそうです。

モンタナ州の位置と簡単な地図↓
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A2%E3%83%B3%E3%82%BF%E3%83%8A%E5%B7%9E
http://www.nris.state.mt.us/gis/gisdatalib/downloads/lu25.gif

今回は、そんなに特別な場所を訪れたということはありませんでしたが、自分に必要な情報を収集したり、自分の将来を改めて見つめるという意味では有意義なものになりました。

また今回得たもの、気付いたものを、少しずつ紹介させていただきたいなと思っています。

そうそう、今日、日本時間で一つ歳を取りました。(ブログの時間も日本時間です。)
こちらは日本時間からマイナス15時間だから少しずれますが。
ということで、明日のブログではせっかくですので、誕生日の誓いを立ててみたいなと思います。

小旅行中に、コメントを下さった方々、本当にありがとうございました。
また自分なりのペースですが、少しずつでも成長していきたいと思っていますので、
どうぞよろしくお願いいたします。 m(_ _)m

バスからこんな景色が見えました↓

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日本の紅葉もきっと美しい頃だろうな
明日から、実は「秋休み」で9日間の休みに入ります。

どこか遠くへ行くとかは今回は考えていませんが、足の向くまま出かけてみたり少しゆっくり過ごそうかなと思っています。明日はとりあえず友だちの帰省にお供させてもらってモンタナ州ミズーラ市に向かいます。ピースギャザリングがあるとかということで、楽しみにしています。

パソコンはお留守番なので、少なくとも2、3日間ブログの更新は出来なくなるかと思います。
m(_ _)m

今日も、お空は晴れ模様でした。
キャンパスから外に目を向けるとこんな風景が。

「スリーピング・ジャイアント」
巨体が寝そべっているように見えるお山。写真では小さくて見えにくいかもですが、
右の方に高いお鼻がついた顔、その左に胴体となっています。

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今日は久々に少し寂しくなりました。
なぜなら・・・
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