大空の下で 〜my diary〜

モンタナの小さな街から送る、留学日記

・・・それは、突然やってくるのかもしれない。
それまでの、静かだけど力強い一つ一つの炎が集まり、飽和状態に近づいた時に。

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アメリカの公民権運動家、ローザ・パークスさんが、先日亡くなられた。

1955年、12月1日、いつものように買い物帰りにバスを利用したローザさん。疲れていたので席に座ると、運転手が突然やって来て、いきなり彼女に対して、白人に席をゆずるようにと言う。

そう、このころ、アメリカ南部ではジム・クロウ法という、「アフリカ系アメリカ人(黒人)は白人に、バスやレストランでは席をゆずりなさいね」なんていう今では信じられない法律があった。

しかしローザさんは席をゆずることはなかった。白人に席をゆずることを、拒んだのだ。そしてこの出来事が、やがて大きな公民権運動にと発展していく・・・。

アメリカの歴史上、偉大な功績を残され、92歳で亡くなられたローザさん。
ご冥福をお祈りしたいと思います。

今ちょっと時間に余裕がないので、この続きは次の記事で書くとして、もう少し深く考察してみたいなと思います。
おそらく日本でも何度も報道され伝えられていることかとは思いますが、
また大きなハリケーンがやってきますね。

みんないっせいに住み慣れた土地から避難退去している様子
(現在57,000人ほどが避難)

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あぁ、ごめんなさい・・・
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今日はアメリカでも日本でも、きっと色んな人が色んなことを考えた、
思い入れのある日だったんだろう。

ニューヨークに、ものすごい衝撃が走った出来事から4年目。もう、そんなに月日が経ったんだ。
テレビでも9.11がニュースで部分的に取り上げられ、亡くなった被害者を知る人々に焦点を当てたり、「グラウンド・ゼロ」の現在を映していた。

CNNのリポーターさん

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そして、日本では衆議院選挙の結果が明らかにされた。自民党の圧勝。
私が地元で「この人だけは当選してほしい!」と願っていた候補者も、落選してしまった。

小泉首相は、郵政民営化を強行する準備をさっそく始めようとしている。
なんだか、最近、ブッシュ大統領も小泉首相も一緒に見えてきた。
いつも、おんなじ大義名分みたいなことしか言わない。
国民があんまり頭を使わなくていいような簡単な言葉で、ごまかそうたってそうはいかないぞ。

「暗いニュースリンク」というブログに、的を得た言葉が載っていたので紹介してみよう。
http://hiddennews.cocolog-nifty.com/

9.11と今回の衆議院選挙について、恥ずかしながら細かく勉強したわけではないので
それほど意見を書くことは出来ない。だけど、どうかこれ以上戦争につながるような政治は
してほしくない。

とはいえ、現実はそんなに悪くない。
私がこのブログのリンクに載せさせていただいている方々を始めとし、「こんな世の中おかしい!」って思って行動している人はいっぱいいるんだ。
世界中にあるその芽が、どうか近いうちに大きな花を咲かせますように。

そのために、自分に出来ることを一つずつ歩んでいきたい。
風が、よい方向に吹いていることを信じながら。
昨日にひき続き、もう一度「カトリーナ」について取り上げようと思う。

ちなみに、ルームメイトから教えてもらったのだけれど、ハリケーンの名前って、
新年が始まると頭文字をアルファベットの「A」から順番につけるらしい。
今回は“KATRINA”だから、指折り数えてみたら今年は11番目のハリケーンということになる。
それから、名前は発見した人が頭文字を参考につけているのだそう。知らなかった。

昨日のモンタナ州へレナ市の新聞「INDEPENDENT RECORD」の中に、こんな記事を見つけた。

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タイトルは、意訳になるけれど
「貧しいアフリカ系アメリカ人は反応が遅れたのか?」だと思う。

「ニューオーリンズの被災地の写真はみな同じ様子を映し出す・・・
絶望的で、深い悲しみに打ちひしがれた、アフリカ系アメリカ人たち。」

確かに、被災地の様子は写真や映像を見る限り、明らかにアフリカ系アメリカ人の人々が多い。
毎日新聞のHPにも、写真の特集が載せられていた。
http://mdn.mainichi-msn.co.jp/photospecials/graph/050830katrina/

ニューオーリンズは、全米の大都市の中で9番目に貧しい都市である。
市全体の3分の2をアフリカ系アメリカ人が占める。
そして記事にはこう書かれていた。

「ニューオーリンズの市長の話によると、ハリケーン襲撃の直前に同市の80%の住民が
避難していた。しかし、車やお金、逃れるすべのない人たちは取り残された。ここでは住民の
21%が収入は年収10,000ドル以下、そして27,000世帯近くが貧困層の人々である。」

避難する手段の車もお金もない、情報も入りにくい、そうした貧しいアフリカ系アメリカ人の人々が
まさに取り残され、被害に遭ったというのか。

死者は数千人に上るといわれている。明らかなのは、今回の災害が
アメリカ社会の抱える人種問題を改めて浮き彫りにしたということだろう。
そして今、アメリカの人種問題はもう一度、国際世論の注目を集めることになった。

猛暑の中、一刻でも早く救援物資がすべての被災者のもとへ行き渡ることを祈りたい。
アメリカのメキシコ湾沿いの都市にすさまじい爪あとを残した、ハリケーン「カトリーナ」。

写真は、9月2日(3〜5日休刊)の全国紙「USA TODAY」1面。被害が最も大きかったルイジアナ州ニューオーリンズ市のコンベンションセンターに、ヘリコプターから救援物資が運ばれている。

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今回は災害直後のアメリカ連邦政府の動きの遅さが、あちらこちらで指摘されている。

こちらはモンタナ州の州都ヘレナ市の新聞 「INDEPENDENT RECORD」 1面。 (9/3)
救援物資として水が運ばれようとしているところ。

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記事によると、モンタナ州知事のオフィスの電話は、ハリケーンの被害を知った地元住民たちからの「何か出来ることはないのか」という救援の催促で鳴りっぱなしになったという。

しかし、救援開始の遅さに不満を抱いたのは住民だけではなく、実は州知事も同じだった。
モンタナ州の軍隊は、救援の活動開始に準備を整えていた。州政府の職員も、いつでも動ける体制が出来ていた。にもかかわらず、肝心な連邦政府からの指示・命令がなかなか下されなかったのだそうだ。(記事曰く)

それにしても、救援物資の供給が5日も遅れてしまったのはなぜだったのだろう。
「USA TODAY」 によれば、連邦政府軍によって一度は3万人の軍隊が配置されたものの、その後一時的に救援活動をせざるを得なかったという。なぜなら、ニューオーリンズという都市は「殺人都市」として名高いほど犯罪の多い場所であり、そして現在は一瞬にして無法地帯となった場所だからだった。略奪・暴動がはびこる場所には軍も容易には近寄れない。
これが、1つの理由だろうか。

被災地の映像を見て、胸が痛む。
「カトリーナ」は、人の命も、誰かが苦労して建てた家も、思い出のある物も何もかも、
一瞬にして奪い去ってしまった。
もし私がそこの生き残った住民だったら、どうしているのだろう。
きっと、茫然とするだろう。

今私がまず出来ることは、情報を収集して自らの頭で考えてみることだと、思った。