大空の下で 〜my diary〜

モンタナの小さな街から送る、留学日記

大きな青空が美しい、私の第二の故郷。

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・・・逆カルチャーショック。
きっと、この感覚をそう呼ぶのだろう。

アメリカを1ヶ月間列車やバスを乗り継いで一人旅し、もう一度モンタナへ帰り、
大好きな友だちと時間を過ごしたり旅をして、日本に帰ってきた数ヶ月前。
それから今日まで、何だか本当にあっと言う間だった。

今回、留学の目的の1つだった、「アメリカの平和・環境の草の根活動について知りたい。
そうした活動に関わる人々に直接会って話を聞いてみたい。」は、自分なりに達成。
思いがけない素敵な出会いもいただいた。

青く澄んだ、大きなお空が見える第二の故郷は、私にたくさんの宝物をくれた。ありがとう。そして私の留学を支えてくださった全ての人々、ブログを通してお世話になった方々にお礼が言いたい。
心から、感謝しています。ありがとうございました。

かの土地を離れた寂しさと、それでも前に進むんだと、
自分に言い聞かせることの葛藤の中で。

今後の展望が、やっと見えてきた。
わくわくするような風が、吹いているのを感じる。

このブログは留学日記だったので、ここで終わることになるけれど、
もし私がまた、アウトプットしたい確固とした「何か」を見つけたら、
新たに始めよう。また、その時まで・・・。

See you!
色んな人生が、あるんだなって。

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率直な感想を述べると、そんな感じ。

実は先週末から数日間、モンタナを離れていました。
更新が遅れることをお伝えする余裕もなく出かけてしまい、失礼いたしました・・・。(>_<)

そして、今回訪れたのはなんと、「ラスベガス」。
ご想像されたとおり、ギャンブルで名の高い都市、ベガスです。

ギャンブルをしに・・・?いやいや・・・。

実は、友だちの家族がラスベガスに住んでいて、冬休みに家に帰るということだったので、
これもいい社会勉強になるかなと思い、一緒に出かけたのでした。

バスに揺られること、約1日。
アメリカ大陸西南、ラスベガスのあるネバダ州に向かいました。

世界で唯一ギャンブルが合法化された都市。文字通りの「眠らない都市」ベガスは、
そのきらびやかで眩しい外見の反面、なぜだか悲しい印象も受けました。

街を歩けば、何とも魅惑的な女性の写真が載ったチラシがあちらこちらに散らばっている。
そんなポスターが、ビルに、宣伝車に、色んな所に張られている。
有名人の仮装ショーを観てみれば、見事なまでに美しい体つきをしたお姉さんたちが、
ほとんど裸のような格好をしてメインの後ろでダンスをしている。

あのお姉さんたちはすっごくダンスが上手だけど、最初からこんな風に踊りたくてダンスの練習をしてきたのだろうか・・・。あぁ、またお節介なことをと思いつつ、そんなことを考えてしまいました。

「ネバダ州は砂漠で、何にもないからね。そんな中で、もともと砂漠のオアシスだったこの土地が、
ギャンブルが合法化されてからみるみる間に変容したのよ。」

泊めてもらった先の家で、この土地に長く住んでいる友だちの伯母さんにラスベガスが現在のような都市になった経緯を尋ねると、そう教えてくれました。

19世紀、隣の州カルフォルニアで金が発見されてゴールドラッシュが起こり、その中継地として人々が往来した土地。20世紀、世界大恐慌の経済危機の際に、発展した産業もなくてギャンブルを合法化することで経済の復興を期待された土地。

今では世界中で有名なラスベガスの娯楽産業は、この土地の人々が生活をするために行われた誘致政策に起源があった。でももしかしたら、苦肉の策だったのかもしれないな。

人に物語があるように、都市や街にも、それらが今日に至るまでの歴史が必ずある。

この土地に最初にやって来たカウボーイたちは、オアシスを見てどんな夢を抱いたのだろう。

人々に様々なチャンスを与える不夜城ラスベガスは、その一方で夢を失っていく人もいるのだろうなと感じさせるほどに光り輝く、それは豪華な場所として目に映った。

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今でも覚えている。あれは確か、私が大学受験期真っただ中にいた朝。

「映画かなんか?」

テレビの映像を見て、そう思った。

「まさか実際に起こっていることじゃぁ・・・。」

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これが、かつてニューヨークで一番高い建物だった「世界貿易センタービル」の跡地。

この地が2001年の9月11日にニューヨークで起こった“アメリカ同時多発テロ事件”以来、
「グラウンド・ゼロ」と呼ばれているところ。

フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』によれば、
グラウンド・ゼロ(ground zero)とは、英語で「爆心地」を意味する。強大な爆弾、
特に核兵器である原子爆弾や水素爆弾の爆心地に使われる事が多い。”なのだそう。

そのまさに「グラウンド・ゼロ」と呼ばれる地に着く。
週末ということもあり、人がたくさん集まっていた。

見渡してみる限り、目に映るのは頑丈で大きな鉄格子。そしてその奥に、何やら建設現場のような風景。そしてしばらく人の流れに沿って歩くと、事件の経過などを示すパネルが掲げてあった。
すぐ近くには巨大なビルがいくつもそびえ立つような、大都会の中心だ。

そんな中で、何となく違和感を感じている自分がいる。
ここは、メモリアル何とかでも何でもない、いわゆる観光地の一つになっているみたいだなと。

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そして気付いた。あぁそうか、自分は無意識のうちに修学旅行で訪れた長崎や広島の原爆資料館や平和公園のイメージをなぜか抱いていたんだなぁと。もちろん、その地で起こった想像を絶する悲劇が似通っているとかではなく、知らず知らずのうちにそんな場所を思い描いていた自分がいた。

様々なパネルが、跡地を囲む鉄格子に沿って展示されている。

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十字架かと思わせるような、大きな鉄柱が見えた。きっと故意に建物の一部が残されたのだろう。跡地をずっと眺めているような雰囲気を漂わせていた。まだ何も建設がされていないこの場所で、一つの大きな十字架が人々の目を惹く。

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折り鶴の束が二つ、ぽつんと飾ってある。
この風景を見てなぜだかほっとさせられるのは、私が日本で育った人間だからだろうか。

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そしてまたしばらく歩くと、小さな人だかりが見える。何だろうと思い覗いてみると、あるアフリカ系アメリカ人の男の人が、何やら本とチラシのようなものを手に、熱く語っている。その周りには、真剣に聞き入る人たち。あぁ、あの事件の瞬間についてきっと話しているのね。彼の首には、カンパ箱とも見えるようなボトルが下げられている。

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それから、きっと最愛の人をこの地で亡くした方が置かれたのだろう、「誕生日おめでとう」などのメッセージが書かれたカードなどを目にする。そんな所が、一ヶ所だけあった。

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「アメリカ同時多発テロ事件」と呼ばれる出来事から、4年以上。
世間には、あれはアメリカを標的とした許されまじき“テロ”であったという説や、アメリカ政府はその“テロ”を黙認したという説や、はたまたアメリカ政府がイラク戦争開始の“大義名分”を獲得するための工作であったと主張する説など、色々な見方がある。

事実なんて、そんなの分かんない。
いや、実はきっとこうなんだろうと思うことがあるのだけど、あまりにも論争の激しいトピックなだけに、あえて私の考えや推測は書かないことにしよう。

でもね、今でもごく日常のように、この大都市の上空を飛ぶ飛行機はたくさんあるんだよ。
ほら、今日もお空に飛行機雲が。

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空って、やっぱりどこでも透き通った青色をしているんだ。
たまに、そのあまりにも美しい景色が残酷に思えたりすることもあるけど・・・。

青い空を見上げ、過去に、未来に、そしてずっとずっと遠い土地へ思いを馳せてみたりする。
あなたが今日見上げたお空は、どんな表情をしていましたか・・・?
「あっ、東京だ。」

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ニューヨークシティに到着してからの印象が、これだった。

ジョン・F・ケネディ空港から、地下鉄とバスを利用して友だちの住む郊外の街に向う。
飛行機を降りた後のエアトレインはまるで東京のモノレールのよう。
そして地下鉄とJRを乗りこなせれば非常に便利に往来できるのも東京と同じ構造だと思った。

発達した大都市って、何だか同じような顔をしている。

ただはっきりとしていた違いは、人種の多様さだった。
地下鉄に乗る。すると、ある時はそこは90%くらいがアフリカ系アメリカ人の乗客だった。
これが、義務教育中に習った、いわゆる「ドーナツ化現象」の一端なのだろうか。
地下鉄では、白人やアジア人などの存在が目立って見える。

みんな、自分の世話だけをする。仕事を淡々とこなしている。そんな風景が目に入る。

モンタナに帰って来て、色んな人が私に尋ねた。

「ニューヨークはどうだった?」

そして私は決まって答える。

「楽しかったよ!友だちにも会えたしね!ただ、訪れる分には楽しいけど、住むには無理だなぁ。」

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もちろん、誤解があるといけないから補足しておくと、都市の雰囲気がそんな感じというだけで、個人がどうと言うことではないし、それに私がまだこの世界有数の大都市の、味のある部分を見ていないからこんな風に感じるだけなのかもしれない。

う〜ん、何か今日の記事、全然冴えないなぁ。せっかく見て頂いた方に、申し訳ないくらいです。
次はもっと心にしっくりとくる記事を書きたいな。
モンタナに戻ってまいりました。

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帰ってくるところがあるというのは、幸せなこと。
そして、会いたい人がいるというのもとっても素敵なこと。


今回は、高校時代からの親しい友だちと、またもう一度お目にかかりたい方に会いに、
そしてニューヨークという大都会を訪れてみるための小旅行でした。

色んなものを見て、感じて考えて、話をして、新しい発見を得ることが出来た、
短くもたくさんのことがぎゅっと詰まった日々でした。

久しぶりに大好きな友だちと再会することが出来たことが私にとっては何よりのごほうび。

お互いにその瞬間話したいことを話し、やりたいことをし、一緒にいたら1ミリも(極端かな)気を遣わないほどの仲なので、彼女と居ると本当に気が楽になります。まぁ、ということは、いつも何だかんだ言ってきっと気を遣いすぎているのかもしれません。

ニューヨーク州にある小さな街に住み、大学に通ってアートを学んでいる彼女は、ひと回りもふた回りも素敵になっているように見えました。2年半前に日本を発つときは、映画か何かを専攻しようと思っていると漠然と語っていた彼女も、今では自分の夢を見出し、それに向って葛藤しながらもしっかりと前を向いて彼女自身の道を進んでいるようでした。

互いに夢をシェアし合い、驚いたことにそれがいつの日かつながる予感を強く抱いた出発前の夜。彼女と再会が出来て本当によかったと、心から思いました。

日本における「学校生活」という中で、何かにつけて疑問を感じ、マジョリティには馴染めないことも多かった私にとっては、オアシスのような存在だった大切な友だち。

またきっと会える日を楽しみに、私もここで頑張るね。

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追記:先日記事にも書いていたブログへの接続障害は、数日間パソコンを使用せずにいたらいつ
   の間にか直っていました。相談をさせていただいた方々、本当にありがとうございました。