大空の下で 〜my diary〜

モンタナの小さな街から送る、留学日記

あぁ、今、私は本当に素敵な人たちに囲まれているんだな。
そう改めて感じた。

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2週間ほど病気になって、やりたいことは山ほどあるのにと正直焦る気持ちもあった。
でもその一方で、一度ゆっくりと立ち止まったことが、思わぬ副産物を生み出してもくれた。

友だちや周りの色んな人たちが気にかけてくれて、手助けしてくれて、
そのお陰でこうして再び元気な自分がここにいる。

ここに来て、半年が経過した。

残りの数ヶ月で、彼らに思い切りの「ありがとう」と「大好き」を伝えよう。
どうしたらこの人は喜ぶかなって、そんなことを考えだしたら、とても幸せな気持ちになるんだ。
左の写真と見比べてみてください。さて、違いはいくつ見つかるかな?

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・・・と、アングルもカメラを構えた場所も微妙に違うので間違い探しゲームにはなりませんが、
現在のキャンパス内から見える景色はこんな感じです。

左の写真は昨年夏のもの。夏も冬も、春も秋も、それぞれにそれぞれの良さがあって楽しいですね。景色を眺めて、新鮮な空気を吸い込んで、それだけで本当に満たされた気持ちになります。

さて、話はがらっと変わりますが、先日の記事に関して。
私の極めて主観的な内容の記事に対して、3人の方からコメントをいただきました。
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遅ればせながら、みなさま、新年明けましておめでとうございます

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今年は、初めての年越し蕎麦とお雑煮のないお正月でした。
街を少し歩いてみると、クリスマスの名残りのようなイルミネーションがちょっと残っているだけ。
お節を食べて、お宮参りに行って・・・と、恒例行事が尽きない日本とはやっぱり違うのですね。

いつもはかけない国際電話を、大晦日くらいはかけてみようかなと、
日本で一人暮らしている母に電話をかけてみました。

母 「さやちゃん!?元気しとるとね?」

私 「うん、元気だよ〜。」

(中略)

母 「さっき年越し蕎麦食べたよ!」

私 「いいなぁ・・・。私も食べたい・・・。おばあちゃん家で食べたと?」

母 「ううん。一人で作って食べたたい。」

私 「一人で!?おばあちゃん家には行かんかったと?」

母 「だって・・・(何やらかんやら)・・・もう疲れとったけんね、一人で作って食べたよ。」

私 「え〜〜〜!そんな、寂しくなかったと?」

そんなやり取りが続きました。
祖父母の家からそれほど遠くはない場所に住んでいる母と私は、日頃からよく母の弟夫婦と
同居している祖父母の家を訪ね、とりわけ年末年始やお盆には決まって訪ねたものでした。

長年二人ぼっちでやってきた家族の一人がどこか遠くに行ったら、残された家族は一人ぼっち
になる。当たり前の方程式なのだけど、この日改めてそんなことを感じたんですね。

近くに居れば色々と反抗を繰り返してきた私も、遠くに居れば案外気持ちを伝えられるものだなぁ
と思いつつ、「いつも有り難うね。」と思いを言葉にして伝えたのでした。

アメリカ人の友だちはよく、家族との電話を切る際に “ I love you, mom. Bye.”
(お母さん、大好きよ。またね。)などとさらっと見事に告げるのですが、何だか素敵だなぁと、
いつも見とれてしまいます。もちろん、人にはよるのですが・・・。

家族は、多くの人にとっては生まれて初めて出会う、いちばん小さな社会。
その長年所属してきた社会の中でも、これからやるべきことは多いなと、
最後の最後に改めて思い知らされた2005年の終わりでした。

私は・・・こちらでの大切な友だちと一緒に静かに年を越したのですが、珍しく外食をということになり出かけてみると、どこのお店も満員。年末が近づくと、餅つきだ、年越し蕎麦だ、お節やお雑煮だと、いつもにも増して忙しく動き回る祖母の姿が思い浮かびました。

人は一人で生きているわけじゃないって、ホントだなぁ。
足を骨折して初めてそれまで機能してくれていた足の有り難さが分かるのではなく、
それ以前からちゃんと気付くことが出来る人になりたいと思います。

2006年の抱負その一、ということで。
長くなってしまいましたが、ここまで読んでいただいた方、有り難うございました。
まだまだ未熟者ですが、どうぞ今年もよろしくお願いいたします。

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追記:写真は、モンタナ州の某所からのものです。(名前を忘れてしまいました。)
   アメリカの面積は日本のそれと比べると25倍と言われますが、いやぁ、やっぱり広いですね。
髪を、切った。

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ここへ来る一ヶ月ほど前に髪を切って以来だから、およそ半年ぶりに髪を揃えた。

20センチ以上切ってもまだ肩に髪がかかるくらいだから、相当伸びちゃっていたんだなぁ。
面倒くさがりの私は、髪型をアレンジするのも下手で、そのままにしてしまっていた。

不思議なもので、「そろそろ髪を切る時期かなぁ」ってふと思いついたときって、
いつも何かしらの節目にあることが多い。本人も無意識のうちに。

今回もそうだった。
近い未来に、覚悟しなきゃいけないあることが私を待っている。

その日がいつかも分かっている。だけど、そこに向かわなければいけない。
これが、私の生き方である以上は。

潔く、目をそらさずに。

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追記:写真はネバダ州を走るバスの車窓からのもの。広い荒原と青い空に見とれた瞬間でした。
「普通の人の体力が、10あるとしたら、あなたは8しかないと思ってください。」

数年前に、あるお医者さんに告げられた言葉だ。
今朝、久しぶりにこの言葉を思い出させられることになるとは。

休日の今日。
朝、いつものようにシャワーを浴びて、まだバスルームにいる時にそれは起きた。

ん・・・?
何だか気持ち悪い・・・。突然吐き気が・・・。
うう・・・もう立っていられない・・・。

目の前がチラチラして、立ってはいられなくなり、その場に座り込んだ。
身動きも取れなければ、ルームメイトに助けを求める声さえも出せない。
ただ静かに、座って眩暈が治まるのを待った。

10分ほど経って、ふらふらしながらもやっと自分の部屋にたどり着き、そのままベッドに横になった。休日で、クラスのこととか何も気にせずに体を休めることが出来たから、まだよかった。
睡眠を十二分にとって、いつもの状態に戻ることが出来た。

原因は、何だったのだろう。

ただの貧血による眩暈だったんだろうか。
そうだったら、私にとってはとても珍しいことだ。
今まで日本で献血を何度かしてきたけれど、いつも事前の血液検査では「はい、大丈夫ですね」
って、十分な血液の量だって言われてきたのに。

それとも・・・。
元々の体質のせいだったかもしれない。

私は、小学校高学年くらいから、体力と精神的に無理をすると一時的に視界が揺れることがあった。目で見えている画面が、横揺れをする。

いくつかの病院で検査をしてもらったのだけれど、何となくまだしっくりとくる診断を聞いたことがない。「病気ではなく、体質」と言われ、普通の人に比べて耳の奥にある半規管に少し異常があると言われた。そして、「メニエルの疑い」があると言われた。

今までに、こんな眩暈を感じて倒れてしまったのはそういえば、一度あったなぁ。
体が、叫んだのかもしれない。

心と頭と体が、つり合っていないのね。
自分なのに、この体はまだ“自分”になりきれていないよ。

体のメッセージを、ちゃんと受け取らなきゃ。
この体をいただいている者として、失格になっちゃいけないわ。